第219話「精霊の剣」

リオネルは、敵の接近を感じ、


「全員! 聞いてくれ! 敵襲だ!」


と、大きな声で叫んだ。


続いて、更に『詳しい情報』を言い放つ。


「……距離は約400m、相手はノーマルタイプのオーガ3体、レベルは40、全員、戦闘態勢に入ってください!」


リオネルの報告を聞き、後方でシーフ志望のカミーユが、

「さすがだ! リオさん!」とばかりに頷いた。


そして予想通り、ブレーズが「ずいっ」と前に出た。

やはり、戦う気満々である。


「リオネル君に負けていられません。今度は私の番ですね」


珍しく気持ちが前面に出たブレーズの言葉、伴う動き。


リオネルは、左手を挙げて大きく振った。

これはブレーズが戦うという合図である。

ちなみに右手を挙げたら、リオネルが戦う合図だ。


そして、「ミリアンとカミーユが前衛で見学しても、大丈夫だ」

との判断も含まれている。


リオネルの合図を見て、モーリスがミリアンとカミーユを前に押し出した。


『氷のやいば』もしくは『凍結の魔剣士』と呼ばれる、

剣聖ブレーズの剣さばき、足さばき、魔法を後学の為……

少しでも間近で、修行中の姉弟へ見せてやりたいというモーリスの親心だ。


ノーマルタイプのオーガならば、99%『特殊攻撃』はない。

その上、力関係を考えても、

前衛がギルドでも猛者中の猛者リオネルとブレーズならば、

安全がほぼ担保され、ミリアンとカミーユを見学させても心配無用であるからだ。


そのモーリスもブレーズの戦いをじっと凝視。

最後方のゴーチェも、目を皿のようにして、戦いに赴く主を注目していた。


勿論、一番傍に居る、リオネルは全神経を集中し、

ブレーズの全てを捉えようとしていた。


やがて……


ぐるるるるるるるるるるるるる………


重い唸り声をあげ、現れたのは、身長3m近い、

3体の巨大なノーマルタイプ、オーガである。


昨日、宿の打合せで、ノーマルタイプ、オーガ1体は、

オークの上位種オークカーネル1体とほぼ等しい、

そう考えて、戦うと、リオネル達は話し合った。


苦戦はしたが、ミリアンとカミーユは既にオークカーネルを倒していた。

この地下8階層においては、オークカーネルが相手との尺度になるのだ。


ブレーズは、唸るオーガに対し、無造作に近づいて行く。


があああああああああ!!!


大音声で威嚇するオーガだが、ブレーズは全く臆さない。


オーガの1体は舐められたと思ったのだろう。

両手を振り上げ、襲い掛かって来た。


ふっと笑ったブレーズ。


その場から全く動かず、


しゅばっ!

常人では、到底目に見えぬ速さで、いきなり抜刀。


があっ!


短い悲鳴をあげたオーガは胴体をぎ払われ、まっぷたつにされ、絶命した。

その傷口からは、何故か血は吹き出ない。

リオネルが習得した大鷲の目で、注視すると、傷口は凍結していた。


成る程!

とリオネルは納得した。


このブレーズの『剣』の性質こそ、

彼が『氷のやいば』もしくは『凍結の魔剣士』というふたつ名で呼ばれる理由なのだと。


更に、ブレーズは返す剣で、しゃば! しゅばっ!

と、オーガを斬った。

すると!

オーガ2体は、一瞬のうちに凝固! 

……動かなくなってしまった。


放たれていた波動が、オーガから消えていた……絶命している!


やがて……ばりいん! ばりいん! と異音がし、

立っていた2体のオーガは粉々に砕け散ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


残念ながらというか、チートスキル『見よう見まね』は発動しなかった。

ブレーズの剣技レベルは相当高いのだろう。


ただ、リオネルにとって……目にしただけでも、大いに参考となった。


そして、


「ふう、やれやれです」


と、疲れたように言いながらも……

戻って来たブレーズは、3体のオーガを斬り捨てたのに、

息も乱しておらず、飄々ひょうひょうとしていた。


そんなブレーズへ、リオネルは礼を言う。


「ありがとうございます、ブレーズ様。奥義を、じっくりと拝見させて頂きました」


「じっくりとですか。それはそれは」


「ええっと、ブレーズ様」


「……はい、リオネル君の奥義、破邪霊鎧はじゃれいがいを見て、私もつい、熱くなってしまいましたね。ふふふ。何か尋ねたい事はありますか?」


「は、はい、間違っていたら、申し訳ないのですが、ブレーズ様が最初お使いになったのは、東方の剣技、居合の流れを組む、抜刀術ですか?」


「はは、リオネル君は良く勉強していますね。その通りです」


「それで、次にお使いになった剣技は、斬り捨てた相手の傷口が瞬時に凍結したようですが……魔力を込め、斬ったのですか?」


「ええ、まあ、そんなところです」


これまでにブレーズの実力を、様々な人からいろいろと、

さりげなく聞いていたリオネルは納得した。


やはり、ブレーズが見せたのは、

東方の剣技『居合』の流れを組む、特異な抜刀術であると。

つまり、この凄まじい抜刀術が、見せてくれた剣聖ブレーズの持つ奥義の第一弾。


そして、ブレーズが曖昧に答えた次に使った剣技。

斬撃の際、放った波動で、リオネルは感じていた。


傷口を瞬時に凍結させる、これまたブレーズの特異な剣は、

精霊に祝福された魔法剣だと。

そしてこの魔法剣こそが、ブレーズの見せた奥義の第二弾なのだと。


ブレーズは水属性の魔法剣士である。


水の精霊だから、

ブレーズの剣を祝福したのは多分、ウンディーネであろうと思われる。


補足しよう。


世界の根幹を為す、地・水・風・火の四大元素。

そのうちウンディーネは、水をつかさどる上級精霊である。


透明感のある、たおやかな美しい乙女の姿をしているウンディーネ。

彼女達は、水の世界を統括する最上級精霊、高貴なる4界王のひとり、

水界王アリトンの忠実な眷属けんぞくなのである。


さてさて!

居合を含む卓越した剣技と美しき精霊ウンディーネに祝福された魔法剣、

これが剣聖ブレーズ・シャリエの奥義の根源だと、リオネルは推測した。


ここで、ミリアンとカミーユが来て、


「ブレーズ様が倒したオーガを、見に行って良いですか?」


「凄い剣技っすね、ブレーズ様。後学の為、ぜひお願いしまっす!」


ふたりは熱心に頼み込んだ。


ブレーズにより倒されたオーガの死骸を見て、手際は勿論だが……

姉弟にとって、いずれ戦う可能性がある、

初見のオーガを間近で見て、慣れておきたい。

……という意図もあるに違いなかった。


姉弟同様、まだオーガとは戦闘未経験のリオネルも、


「俺もぜひ、ブレーズ様が倒したオーガを拝見したいです。宜しくお願い致します」


と、謙虚に頭を下げた。


対してブレーズは快諾。


「ふむ、皆、研究熱心ですね。構いませんよ」


リオネル達3人は、地に伏しているオーガの下へ……


近付いてみれば、やはりオーガの切り口は完全に凍結していた。

一方、破砕した2体のオーガは、

単なるバラバラの氷塊と化し、全く原形をとどめてはいない……


やはり、リオネルが『大鷲の目』で見届けた通りだ。


ミリアンとカミーユも注意深く、そして大いに感嘆していた……


充分にブレーズの手際を見た。

リオネルは、ミリアンとカミーユに了解を取った上で、ブレーズへ尋ねる。


「ブレーズ様、オーガの死骸を葬送魔法で送って構わないですか?」


「おお、ぜひお願いしますよ、リオネル君」


許可を得たリオネルは、


「ビナー、ゲブラー、さまよえる魂よ、天へ還れ! ……鎮魂歌レクイエム!」


と神速で葬送魔法を発動。


満足そうにブレーズが見守る中、オーガどもの死骸を、鮮やかに塵としたのであった。

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