第180話「5年後の約束①」

「わ、私……リオさんが好き……大好き」


と、リオネルに抱かれたミリアンは、小さな声でささやいた。


笑顔で冗談を言う、明るく快活な雰囲気のミリアンの口調ではない。


まっすぐに、はっきりと愛を伝えたい!


真剣な気持ちの、ミリアンの心の波動が、

リオネルへしっかりと伝わって来る。


対して、まるで魅惑の魔法にかかったように、リオネルは大混乱する。


な、何だ!? ミリアンのこの物言い、セリフは!?


も、もしかして!? ス、ストレート、ド直球な求愛!?


求愛されたが……

リオネルにとって、ミリアンはあくまで『妹』なのである。

彼女はとても魅力的で可愛い女子だとは思うが、恋愛感情はない……と思う、多分。


だからミリアンも、あくまで『兄』として敬愛する自分を好きだと言ったのだ。

戸惑いながら、リオネルはそう考え、想像するしかない。


と思っていたら、ミリアンは尋ねて来る。

ダメ押しという趣きで。


「リオさんは……私の事をどう思う?」


「ど、どうって……ええっと……」


答えにきゅうし、口ごもるリオネルに対し、


「私ミリアン・バザンは、恋愛対象になるひとりの女子? それとも可愛い妹? ……かな?」


「…………………」


「…………………」


寝袋の中の空気が強張こわばる……


ふたりはしばらく会話を交わさない。


しばしの沈黙がふたりを支配する。

その沈黙を破り、言葉を発したのはミリアンである。


ミリアンは、リオネルの胸へ顔をうずめたまま、面白そうに笑う。


「……アハハ♡ 良いよ、リオさん、無理して答えなくてもさ」


自ら、一時の休戦を告げてくれたミリアン。

3つも年下の、15歳の少女なのに、年上の姉のような懐の深さ。


リオネルは、自分を情けなく感じ、ただただ、謝るしかない。


「う! ご、ごめん……」


「うふふ♡ さっきも助けてくれてありがとう。外道のおっさんどもに襲われて、危うく無茶苦茶にされるところだったわ」


「ああ、そんな事は絶対にさせないよ。俺も、カミーユも、モーリスさんも、ミリアン、お前の事は必ず守るさ」


「うんっ♡ 嬉しい♡ 優しくて強いリオさんが大好き♡ ……ところでリオさん、以前、カミーユへ言っていたよね」


「カミーユへ?」


「うん! 私の弟のカミーユは……昔の俺みたいだって」


「ああ、言った」


「そしてリオさんは、こうも言ったわ。ずっと勇気が出なかった、努力が足りない自分が全て悪かった。自分の人生は、けしてバラ色じゃない。コンプレックスの塊だったって」


ミリアンに言われ、リオネルは記憶をたぐる。

確か……キャナール村において、洞窟に巣食うゴブリンを倒しに行った時だ。


「ああ、それも確かに言ったな……」


「でも……今のリオさんは違う。勇気を惜しみなく出して、人の何倍も何倍も努力している……本当に凄いよ!」


「いやいや、まだまださ」


リオネルはいつもの調子で謙遜けんそんするが……


ミリアンは激しく否定した。


「そんな事ない!」


気圧けおされたようになったリオネルは、ミリアンの名を呼ぶしか言葉が出ない。


「ミリアン……」


「私とカミーユは親に見捨てられ、孤児院で育った。孤児院の司祭様は本当に優しかった。でも……ひどく人見知りして、他人に簡単に馴染めない私とカミーユは……」


「……………」


「……これまで姉弟ふたりきりで、助け合って生きて来たわ」


ミリアンが自分の履歴に思いを込めて話し始める。

リオネルはしばらく黙って聞く事にする。


「……………」


ミリアンは、そんなリオネルの気持ちが分かったように話し続ける。


「でも……生きるのに精いっぱいで……大人になって将来がどうなるのか、明日が、未来が全然見えなかった……」


「……………」


「ある時、モーリスさんに出会って、破邪聖煌拳はじゃせいこうけんを始め、魔法、武技の手ほどきを受け……」


「……………」


「モーリスさんから冒険者になろうと誘って貰い、養子にもして貰って、ようやく将来への夢と希望が持てたの」


「……………」


「モーリスさんの戸籍へ養子として入れて貰って、敬愛する師匠、そして親孝行出来るお父さん……が出来て、夢と希望は何とか持てた……」


「……………」


「でも……いくら修行しても、私もカミーユも、自分に対し、全く自信が持てなかった」


「……………」


「捨て子だ、孤児だと、長年の間、散々さげすまれた私とカミーユは、自分に全く自信が持てなかった」


「……………」


「怯え、震え、おどおどしながら、卑屈に平穏に、相手の言いなりになって、自分を無理やり合わせて、生きて行くしかないと思っていた」


「……………」


「そんな時に、旅の途中、原野でリオさんと出会った」


「……………」


「びっくりした。リオさんみたいな凄い人は、見た事も聞いた事もなかったよ」


「……………」


「私達を襲って来た、あんなにたくさんのゴブリンを、あっという間に、たったひとりで、やっつけちゃったんだもの」


「……………」


「そして、リオさんと、私とカミーユ、モーリスさんと4人、キャナール村で困っている人達を助けて、ワレバットまで旅をして来た。いろいろな事があったよね?」


「……………」


「……いろいろあって、学んで、経験して、私とカミーユは変わる事が出来た。今は自信を持って、前を向いて堂々と歩く事が出来る! ……リオさんのお陰だよ!」


ミリアンとカミーユが前を向いて堂々と歩けるのは……自分のお陰?


……それは違う、とリオネルは思う。


モーリスの愛に包まれ、ふたりが真摯に学び、実践して努力した結果だと、

その結果が、ゆるぎない自信へつながったのだと、リオネルは思うのだ。


「俺のお陰? いや、違うって。……自信を持てたのは、ミリアンとカミーユ自身が一生懸命に頑張ったからだよ。俺のお陰とか、そんな事はないだろう?」


リオネルが言うと、


「そんな事ある! 全然あるよ!」


ミリアンは首を横へ振り、またも即座に否定したのである。

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