第163話「人間の……勉強」

冒険者ギルド総本部1階フロア……

秘書室長にして、総マスターローランド・コルドウェル伯爵秘書でもある、

ソランジュ・デグベル女史に送られたリオネル。


今日は午後に『召喚術』『付呪術』……基礎は終了したので、

応用の講義受講の予定を入れている。


講義終了後、次の依頼の打合せをモーリス達3人で、

エステルを入れ、ギルドの一般応接室で行う事となっている。


壁にかかっている魔導時計を見やれば、まだ10時30分を少し回ったところ……


図書館へ行って調べものでもして、昼メシを食って、午後の講義を受けるか。

座ってひと休みして、何を食うか考えよう。


「つらつら」考えたリオネルが、ロビーのソファへ移動し、

……いきなり!


「おい、貴様」


と背後から声がかかった。


「ええっと、俺ですか?」


振り返ると……

貴族らしき贅沢な身なりをした、リオネルと同じ年齢くらいの少年が、

思い切り上から目線でリオネルを見つめていた。


多分、冒険者ではないだろう。

そしてリオネルが全く知らない顔……つまり、赤の他人である。


「そうだ、貴様だ」


貴族少年は、リオネルに何か用事らしい。

ここは、普通に尋ねるしかない。


「あの……俺、貴方を知りませんが、何か御用ですか?」


「バカモノ! 用があるから、呼んだんだ!」


「はあ」


「貴様、先ほど、コルドウェル伯爵閣下の秘書と一緒に居たな? 伯爵閣下にお会いしていたんだろ? 閣下と何を話したんだ、言え!」


貴族少年は、リオネルがソランジュ・デグベル女史と一緒に居るのを目撃していた。

だが……


「……おい、貴様と言われて、見ず知らずの貴方へ、ぺらぺらしゃべる必要はないと思いますが」


リオネルの物言いは正論である。

ローランドとのやりとりは、見ず知らず、そして初対面の相手に話す内容ではないし、必要もない。


だが、リオネルから突き放され、貴族少年は激高した。


「な、何だと! 貴様、平民だろ!」


「はあ、そうですが、それが何か?」


「何か、ではない! バカで下賤な雑草平民ならば、尊き血筋たる貴族の言う事を聞け! 平民など、貴族の命令には絶対服従なのだぞ! 常識だろ!」


貴族少年は本気マジだ。

身分をかさに責めて来る。

が、しかし!


「俺は、雑草の平民ですけど、別に貴方の家臣でもないので、命令など聞きません。服従もしませんし」


リオネルは、きっぱりと断った。


「ぬぬぬ、生意気な! ならば! 貴様は黙って、私がコルドウェル伯爵閣下へお会い出来るよう段取りを組め!」


対して、貴族少年はますます無茶を言う。

当然、リオネルはまたもきっぱりと断る。


「お断りします。そんな命令は受け付けません。貴方がご自分で、伯爵閣下へ面会をお願いすれば宜しいじゃないですか、王道的に」


「な! 王道的?」


「ほら、あそこが受付けですから、伯爵閣下へお会いしたいと、素直に申し込めば宜しいですよ」


リオネルの視線が、総本部1階フロアの受付けへ向けられた。

貴族少年は、歯噛みして憤る。


「馬鹿者! 素直に受付け!? そんなんで、伯爵閣下へお会い出来るのなら、ゴミ屑みたいな平民の貴様になど頼まんわ!」


貴族少年の暴言はとどまるところを知らない。


不毛な会話にも飽き、呆れたリオネルは切り上げる事にした。


「……じゃあ、諦めてください。俺も忙しいので失礼しますよ」


リオネルはきびすを返し、ロビーのソファへ向かおうとした。


「ま、待て! 貴様!」


貴族少年はリオネルの肩を無理やり、つかもうとした。

波動から気配を感じ、リオネルは、肩をつかもうとする貴族少年の手をすっとかわした。 


「肩をつかむのは、暴力はいけませんよ……いい加減にしてください」


リオネルは、第三者へ聞こえるよう、わざと大きな声でゆっくりと丁寧に告げた。

そして、万能スキル『威圧』レベル補正プラス25を発動。

レベル40以下の敵に有効な『金縛りのスキル』である。


こんな「ちんけな」貴族少年が『レベル40』以上のはずがない。


「ひ、ええええっ」


リオネルに『威圧』され、貴族少年は恐怖に固まってしまった。


念の為、リオネルは、彼に全く触れていない。

軽くにらんだだけ。

第三者から責められる心配は皆無だ。


「失礼します……二度と俺に、つきまとわないでくださいね」


丁寧に頭を下げたリオネルは、ゆうゆうとフロア奥に置かれたソファーへ座ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


一難去ってまた一難というべきか。


ソファに座ったリオネルへ……

今度は、これまた……

リオネルと同じくらいの年齢の、可憐な少女が近付いて来た。

革鎧をおしゃれに着こなしている。


「初めましてぇ。君が噂のランカー、荒くれぼっち、リオネル・ロートレック君?」


少女は、リオネルの名を知っていた。

先ほどの名前も知らない貴族少年とは、若干状況が違う。


そして……リオネルが見やれば、

少女は結構可愛い、可愛いは正義である。

もしかして、一難ではなく、逆ナン?


リオさんにもいつかモテ期が来るって!

ミリアンとカミーユの言葉がリフレインする。


一応、リオネルは肯定した。


「はあ、そうですが……」


「ねえ、……ウチのクランへ入らない? 私、リーダーから頼まれたの。ギャラは弾むわよぉ」


な~んだ。


どうという事はなかった。

ちょっとでも期待したリオネルがバカだった。


少女がアプローチして来たのは、先日のカミーユのように『逆ナン』ではない。

いわゆる、クランへの『入隊勧誘』である。


……王都に居た頃から、リオネルへの『入隊勧誘』はあった。

ワレバットでも、最近顔が更に売れて来たから、著しく多くなった。


しかし、現在リオネルはモーリス達と組んでいる。

移籍や掛け持ちをする気は全く無く、一切断っていた。


そのような情報が、少女の耳へ入っていたのだろうか。


「リオネル君、今居るクランなんか脱けてさ、もしもウチへ入ってくれたら……私、貴方とデートしてあげるぅ♡」


と、からめ手を使って来た。


しかし……

リオネルは少女の放つ

「入隊させて契約してしまえば、こっちのモノ。デートの約束なんか守らない!

なんちゃって! って言っちゃえ!」の波動をしっかりと感じていた。


……これでは、美人局つつもたせもどきである。


なので、一気に心がめた。


「申し訳ございませんが、お断りします」


当然ながら、きっぱりと断った。


すると何という事でしょう。

可憐な少女の表情が一変。

暗い陰がさし、心から暗黒のダークサイドオーラが放たれ……


「ちいいっ!!」


と思い切り舌打ちが。


そして少女は「もうあんたに用はない!」と言わんばかりに、

「ふいっ」と、呆気なく去ってしまった。


……残されたリオネルは、どっと疲れた。


とんでもない極悪な両者にあいまみえ……


厳しすぎる父、血を分けた弟を全く愛さない兄達、

生徒に無関心な魔法学校の教師、すぐにマウントを取りたがる同級生達、

面白がって弱い者をいじる、スキル授与担当の司祭などを思い出した。


己自身の覇気のなさ、努力不足も確かにあったと思うが……

リオネルの心は容赦ない彼らの口撃によってズタボロにされて来た。


反面……

そんな冷たい人達だけではないという、実感もある。


……いつも優しかった亡き母、

力強く人生の道を説き、励ましてくれた宿の主アンセルム、

笑顔が素敵で、癒され、丁寧にサポートしてくれたギルド職員ナタリー、

ゴブリン渓谷で、ともに戦ってくれた冒険者の仲間達……


そして、アルエット村のエレーヌ、アンナ母娘、村長クレマン、

モーリス、ミリアン、カミーユ、キャナール村の村長パトリス……

この旅で出会い、深き心の絆を結んだ人達も居る。


「世の中には、いろいろな者が居るのだ」と、今回も貴重な人間の……勉強をした。


「さあ、図書館へ行くか。その後、ギルドの食堂で昼めし食ったら、午後は講義受講だ。講義が終わったら、この1階フロアで、待ち合わせ……だったな」


苦笑したリオネルは、ゆっくりと立ち上がったのである。

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