第162話「貴方に出会って変わった」

ワレバッドの領主とギルドの総マスターを兼任する王国貴族、

『ドラゴンスレイヤー』『英雄』と称えられるローランド・コルドウェル伯爵。

謁見が終わり、秘書室長ソランジュ・デグベルに連れられ、総マスター専用応接室を辞去したリオネル。


リオネルは、ローランドと終始和やかに会話が出来て、


「君から即座に断られたらしいが……ゴーチェの提案は今でも活きている」


「……………」


「もしも、気が変わったら、いつでも申し出てくれ。私へでもブレーズでも構わない」


ローランドからは再び、貴族家への養子入りを勧められ……

最後には握手までされて、


「ふむ、リオネル君には今後とも期待している。もう少し実績を積めばランクAだ。頑張れよ、但し、命だけは大事にな」


と熱いエールまで送られた。


「ふうう……」


『雲の上の相手』と無事に謁見が終わり、リオネルはさすがに大きく息を吐いた。


「うふふ」


そんなリオネルを見て、ソランジュは柔らかく微笑む。


「リオネル様は、やはり不思議な方です」


「あ、あのぅ……俺が不思議な奴ですか?」


「はい、貴方にかかわった者は、皆が笑顔になります」


「え? 俺、そんなに面白い男じゃないですよ。女子へ気の利いた冗談も全然言えませんし、楽しくない男です」


リオネルがそう言うと、ソランジュは笑い出した。


「あははははは」


「ええっと……」


困惑するリオネル。


「ふふ、失礼致しました。私も例外ではないようです」


「私も例外ではないようですって……ええっと……先ほどから、ソランジュさんのおっしゃる意味が、俺にはいまいち不明なのですが……」


「リオネル様」


「は、はい!」


「……私が知る限り、閣下があのような笑顔をお見せになる事は皆無でした。そして初対面のリオネル様へ親愛の握手までされました。これは驚くべき事なのです」


「え? そうなのですか?」


「はい。閣下が解決せねばならぬ課題、問題は山積みでして、寝る間もなく……いつも重々しく、厳めしいお顔をされ、ワレバットを含めた町村の政務にそして冒険者ギルドの統括に腐心されております」


「な、成る程ですね」


「それに初対面の方に握手をされるなど皆無でした。今でも信じられません」


「ええ、俺もびっくりしました」


「……厳めしいといえば、サブマスターのブレーズ・シャリエ様もそうですよ。剣聖と称えられていらっしゃいますが、あの方のふたつ名は、お使いになる水属性の魔法から、『氷のやいば』もしくは『凍結の魔剣士』……ですから」


「『氷のやいば』もしくは『凍結の魔剣士』ですか! うわ! 本当に怖そうですね。俺の『荒くれぼっち』とはえらく違いますよ」


「うふふっ、皆が『荒くれぼっち』と呼ぶのはリオネル様へ親しみを込めてです。『疾風の弾丸』とも、ちゃんとお呼びしています」


「そ、そうですか」


「ええ、ですから、ご安心を。……それで話を戻しますと、ブレーズ様も閣下同様、無駄話をせず、滅多に笑顔をお見せになりませんでした。感情をあまり表にお出しにならかったのです」


「え? でも……」


そういえばモーリスも言っていた。

ブレーズは以前会った時と印象が違うと。


しかし、リオネルが知るブレーズは良くしゃべり、

『笑顔が素敵』で、『ダンディなイケメン』である。


リオネルの考えを見抜いたのであろう。

ソランジュは言う。


「はい、だから先ほど過去形で申し上げました。ブレーズ様は以前とは違い、お変わりになりましたよ。今はとても明朗快活ですから」


「な、成る程」


「ブレーズ様は笑顔で、私にはっきりと、こうもおっしゃいました。リオネル様は、人の切なる思いと願いを受け止め、癒し、励ます……そして、いつか大きな事を成し遂げると」


「た、確かにサブマスターからはそう言われましたが、半人前の自分にはとても過分な言葉です」


「いえ、そんな事はありません。それに朗らかな閣下の今のご様子を見て、私は確信致しましたよ。リオネル様にお会いした影響だと」


「え? 総マスターが朗らかになったのが、俺と会った影響ですか? まさか」


「いえ、間違いありません。まだまだ変わった者はりますからね」


「ま、まだ? 変わった方がいらっしゃるのですか?」


「はい! 変わったのは、ブレーズ様の秘書クローディーヌ・ボードレールです」


「えええ? クローディーヌさんが!?」


「はい! 彼女はブレーズ様とともに仕事をするにあたり、秘書として有能なのは勿論ですが、冷静沈着であまり感情を表に出さないタイプと人事部に認識され、採用されましたから」


「た、確かに……第一印象はそういう感じもしましたが……いろいろ話してみたら、全然違いましたよ、クローディーヌさんは」


「いえ、上司として見守って来た私が確信を持って言えます。……クローディーヌは変わりました。少し前まで、まさに感情を見せない事務的なクールビューティーでした。でも彼女は冷静沈着でいながら、明るく笑顔が絶えない子になった。……リオネル様と出会ってからです」


「……………」


「それと部署は違いますが、業務連絡に来るマルセル・デュプレ、エステル・アゼマも変わりました。……特にエステルは就職の際、元々秘書志望でしたから、最近の勤務状況を見る限り、ゆくゆくは秘書室への異動を考えています」


「……………」


「そして私、ソランジュ・デグベルも、以前のクローディーヌ同様、これまで、あまり笑う事はありませんでした。でもクローディーヌの笑顔を見て、閣下とリオネル様のやりとりを見て、心がとても温かく、穏やかになりました。顔がほころぶのが自分でも分かります」


「……………」


「愛する奥様に先立たれ……更に目の中に入れても痛くないほど可愛がられていた、たったおひとりのご子息を亡くされ、以来、笑顔を失くされた閣下は……将来の夢を語られるリオネル様に心を癒され、励まされました。……閣下に忠実にお仕えする私には、はっきりとそう見え、感じました」


「……………」


「ご自身でも、お心当たりがありませんか? これまでに出会った方々が、変わられたと」


ソランジュに問われ、リオネルは記憶をたぐる。

出会って来た数多の人々の顔が浮かぶ。

皆、晴れやかな笑顔で見送ってくれた。


そして、先日モーリスがしみじみと言った。

「リオ君と出会ってから、本当に明るくなり、笑顔も多くなったものなあ、ふたりとも」……と。

そのモーリス自身も、リオネルから見たら、会った時とはだいぶ変わったと感じる。

笑顔が絶えず、明るくなったと思う……


「……………」


「少しおしゃべりが過ぎたようです。でもリオネル様、私も業務上、貴方様のハイスペックさとこれまでの経歴を知り、改めて実感し、認識しました」


「……………」


「貴方様は底知れぬ才能をお持ちだし、素晴らしい可能性を感じます」


「……………」


「才能だけではありません。リオネル様は人間として本当に稀有な方です。これからも数多の人々に出会い、心身を癒し、支えるのだと私は思います。そして先ほど閣下に語られた貴方様ご自身の夢と希望を叶える事を陰ながら、お祈り申し上げます」


魔導昇降機で1階フロアまでともに降りたソランジュは、「また、いずれ」と、

やはり晴れやかな笑顔で、リオネルを見送ってくれたのである。

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