第106話「人間、いつからでもリスタート出来る」

約1時間後……

リオネルとカミーユは、モーリスとミリアンの待つ『陣地』へ戻って来た。


カミーユはひどく上機嫌であった。

何故ならリオネルに貰った小型盾が殊のほか、相性が良く、気持ちが乗って、

大きな戦果を上げたのである。


「俺、さっき姉さんが出した討伐記録をぶち破ったぜ。姉さんは38体だろ? 俺はゴブリンを41体やっつけたんだ」


「ええっ!? 何それぇ! でもでも、ぶち破ったって、私よりたった3体ぽっち、多いだけじゃない!」


「たった3体ぽっちでも、姉さんをしっかり超えたんだ。それにコレ見てくれよ! リオさんから、この盾を貰ったんだ」


カミーユは、ミリアンに対し、誇らしげに左腕に装着した小型盾を見せつけた。


「ええっ!? それリオさんが愛用していた盾じゃない!?」


「うんっ! その上、戦う度に、リオさんから、いろいろアドバイスして貰ってさ。全てがズバリ上手く行ったんだ!」


「何それぇ! ずるい~~っっ!!」


「でさ、必死に戦って、気が付いたら、あいつらを41体も倒してたんだ! やったあ! 生まれて初めて姉さんに勝ったぜぇ!」


「うう~~っっ! すっごく! く、悔しいっ!」


という負けず嫌いなやりとりをカミーユとミリアンがしている陣地内の、

少し離れた場所で……

リオネルとモーリスは、また違う話をしていた。

話の内容は、先ほどリオネルが『懸念した事』である。


「モーリスさん、申し訳ない。本人が希望したとはいえ、俺はカミーユへ小型盾を使うよう渡し、使用に関してアドバイスをしてしまいました。破邪聖煌拳はじゃせいこうけんの拳士として、盾を使うのは、問題がありませんか?」


対して、モーリスは笑顔を見せる。


「いやいや、全く問題はないよ」


モーラリは全く怒っていなかった。

リオネルに気を遣うとか、無理をしていない事は、放つ魔力の波動で分かる。


「そ、そうですか?」


「ああ、カミーユは修行の真っただ中で、冒険者デビュー前だろう。今のこの時期はトライアルアンドエラーだからな。まあ、ミリアンも一緒だが」


モーリスが発した『トライアルアンドエラー』

……アンセルムが教えてくれた大切な言葉である。


そして、リオネルがいつも心がける信条のひとつだ。

モーリスはこの言葉をどのように考えているのであろうか……


リオネルは思わず懐かしくなり、モーリスに聞き返す。


「トライアルアンドエラー……ですか?」


「ああ、トライアルアンドエラー。様々な問題に直面した時、パッと良案が考え付かない場合、思いつく方法を次々に試みて失敗を重ねて行く。その内、解決するに至るだろう?」


「で、ですねっ!」


「個人的な意見だが……我々冒険者の合言葉だと思う。いや! 人生自体が永遠に、トライアルアンドエラー……かもしれんな。……なんちゃって。ははははは」


「モーリスさん」


「ん? どうした、リオ君」


「あの……俺も……とてもお世話になった人から『トライアルアンドエラー』、そう言われました。挑戦をためらうな。失敗を恐れるな。時にはもがくのもありだ。但し、命を大事にしろって」


「うむ、その通り。私も全く同意見さ。だから、カミーユもミリアンも、試行錯誤しながら、ふたりにとって、一番ベストな戦い方を模索して行けば良いと思うんだよ」


モーリスはそう言うと、まだ言い争いをしているカミーユとミリアンを見た。


「リオ君は気付いただろう、カミーユは双子の弟だからこそ、姉ミリアンに対する大きなコンプレックスがある。自分は全てにおいて姉に劣る、いつも勝てない……魔法が使えない事もカミーユのネガティブさに一層、拍車をかけておる」


「え、ええ……カミーユ自身から直接言われました」


「うむ。でもな、何かにつけて、かばってくれた大好きな姉ミリアンを守りたい、姉の強きナイトとして、絶対に護るという心の誓いもカミーユは立てているのだ」


「……………」


「ミリアンを絶対に護る。その為には、魔法を使う姉よりも遥かに強い弟でなくてはならない。高すぎる目標のプレッシャーとも、カミーユは戦っているのさ」


「……………」


「ははは、リオ君は自身が強いだけでなく、良き師匠、いや兄貴分だな。ミリアンもカミーユも私が手ほどきした時よりもやる気になっている」


「……………」


「リオ君、ふたりの面倒を見てくれて、本当にありがとう。感謝している。いや、私もだ……君からは、いろいろと教えられる」


「……………」


「人生とは……一生、学んで行く行為の連続なんだな、うむ」


「……………」


「そう言うと、相変わらず司祭の頃の説教癖が抜けないと、ミリアンとカミーユから散々突っ込まれるがな。はははは」


モーリスが自嘲気味に笑うと、無言で、じっと話を聞いていたリオネルも微笑む。


「いえ、俺はそういう説教なら、大歓迎ですよ。凄く勉強になりますから」


「ははは、そうか?」


「はい! 俺もモーリスさんの知識と技を学ばさせてください。自分に無いものを、もっと身につけ、強くなりたいと思います」


「おお、リオ君は強いのに『どん欲』だな。まあ君ほどの才能と実力なら、更に上を目指す気持ちは分かるよ」


「でも……俺、今まで、全然ダメでした」


「ほう、そうだったのかい?」


「はい、3歳から15年間学んで来ましたが、魔法が上達しませんでした。レベルも上がりませんでした」


「ふむ……」


「何故俺はダメなんだ? という自問自答の毎日でした。でも分かったんです。やはり自分自身の努力が足りなかった。勇気も覇気もなく、一歩踏み出して戦う事を避け続けていた『甘ったれ』だったんです。勉強の為の勉強をしていたのに過ぎなかった。修行も『義務感』でやって来たからだと思うんです」


「ふうむ、そうか」


「はいっ! でも、今は全然違います。俺はお世話になった人々の役に立ちたい! だから自分を高めたい! 昨日よりも今日はわずか一歩でも前に踏み出し、少しでも限界を目指したい。たった一度きりの人生を思う存分に楽しみたい! 出来る限り満足して死にたい! 人生を全うしたいんです!」


「ははははは、リオ君と話していると私も元気が出る。とても前向きになれるよ」


「ありがとうございます。……俺は今まで本当に狭い世界で生きていました。でも!冒険者になって、全く違う世界へ飛び込み、視野がガラリと変わり、いろいろな人と出会い、人生をやり直す決意が生まれました」


「ふむ……」


「18歳にもなって、気付くのは遅すぎる、ダサすぎるぞと、馬鹿にして大笑いする奴も居ましたけれど……そんな事を言う奴が間違っている! 人間、いつ、どこからでもリスタート出来るって思いましたし、実感もしました」


「だな! 私なんか36歳で司祭をやめ、冒険者に転身して10年が経ったが……今の人生に満足している。46歳と、人生の半ばまで来たが、まだ将来への夢も希望もある。リオ君の言う通り、人間、思い立ったら、いつ、どこからでもリスタート出来ると思うよ」


「ああ! 分かります! そうですよね!」


リオネルとモーリスの話が盛り上がっていた、その時。


「リオさあん!! カミーユばっかり、ずるいよ~~っっ!! 私にも指導してよぉぉ!!」


「リオさん、俺も俺もっ!! もっともっと、強くなるっすぅ!」


ミリアンとカミーユが前向きな波動を全身にまとい、乱入して来たのであった。

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