第104話「少年は変わって行く」

「リオさん、ゴミ屑扱いってどういう事っすか!」


「う、うお……」


「人生の負け犬って! どういう事なんすかあ!」


「ぐうう……」


「この俺より、『ど』が付く不幸って事っすかあ!」


カミーユは大きな声を発し、何度も、何度も、何度も……容赦なく切り込んでくる。

過去の悲惨な記憶が甦り……

リオネルの心が深くえぐられ、血が「どばっ!」と吹き出る……


失敗した。

大失敗した。


カミーユのネガティブ暴走を止める為とはいえ……

「な、何だか、カミーユは……昔の俺みたいだなあ」などと、

つい口が滑ってしまった。


それに王都の『有名魔法使い家』に生まれた自分は、虐げられていたとはいえ、

生活に何の不自由もなかった。

両親が居らず、孤児院で育ったカミーユの生い立ちよりも、相当恵まれていたはずだ。


なのに、「昔の俺」などと、上から目線で言ってしまった。

本当に俺は、最低で嫌な奴だ……


『どつぼ』の自己嫌悪にも陥り……

暗く、重く、「どよ~ん」となったリオネルの顔を見て、モーリスとミリアンも突っ込んで来る。


「リオ君! ど、どうした! 君の過去に何があった!? 生命エネルギーが凄く減っとるぞ!」

「ねえ、リオさんに一体、何があったの?」


「……い、いや、俺の過去なんて、今は詳しく話す事ではないです。まずはキャナール村を救う為、ゴブリンを倒す事が先決ですよ」


絞り出すようなリオネルの言葉に、すぐ反応してくれたのは、やはりモーリスである。


「わ、分かった、リオ君。くそひねくれたカミーユの為とはいえ、そこまで言わせてしまうなど、申し訳ない事をしたね」


そしてミリアンも、


「リオさん、ごめんなさい! 私が代わりに謝るわ! 愚かなカミーユが変にねて、リオさんの古傷ふるきずをほじくり返したのが悪いのよ!」


モーリスとミリアンの指摘に、カミーユは唖然あぜん


「ええっ!? くそひねくれたあ!? 愚かなってって!? そ、そこまで言いますぅ!?」


「ああ、言うぞ! カミーユ、お前は最低だ!」

「ええ、人でなしとも言うわ!」


「最低!? 人でなし!? モーリスさんも、姉さんも! そこまで言いますぅ!? お、俺が悪いんすかあ? 全部が全部! この俺が悪いんすかあ!?」


「ああ! 全てカミーユが悪い! 懺悔ざんげせい! おのれの行動をかえりみよ!」

「そうよ! 姉として許せない。海よりも深く深く! 反省しなさいっ!」


間断なく、モーリスとミリアンから容赦ない叱責を受け、カミーユは涙目となる。


「くっそおお! わけわかんねぇ! もう良いっすよ! どうせ俺が全部悪いんすよ、最低ですよっ!」


そしてリオネルへ向き直り、深々と頭を下げる。


「リオさん! 俺、何も知らないくせに、いろいろ言って申し訳ありませんでしたっ!」


対して、リオネルは……


「いや、俺こそ、カミーユの事を全然知らないくせに、先輩面して偉そうに軽々しく言ったのが悪いんだ。申し訳ない! すまなかった!」


しかし、カミーユも譲らない。


「いやいやリオさん! 俺の方が悪いっすよ。申し訳ありませんでしたっ!」


「いや、本当に俺が悪い。カミーユ、申し訳ない」


何度も謝るリオネルを見て、カミーユは再び涙ぐんでいた。

しかし、今度は『嬉し泣き』である。


「リオさん……謝罪合戦は、もうやめましょうよ。それより、俺、決めましたよ! 貴方を目標にするっす! リオさんみたくなりたいっす!」


「カミーユ……」


「これ以上聞けないから、リオさんの詳しい事情は分からないっす。けど……これだけは、はっきり言えまっす!」


「…………」


「リオさんはとても辛い過去があった。でも! 乗り越えて、心身ともこんなに強くなったっす!」


「…………」


「そしてさっきといい、今といい、俺の事を、本気で心配してくれているのが分かるっす! ありがとうございます! 感謝しているっす!」


「…………」


「リオさんは強いだけじゃない。気配りと思いやりがあって、温かいっす! とても優しいっす! だから俺も辛かった過去を乗り越えるっす! 悪いところを反省し、強く、温かく優しくなれるよう、頑張るっすよ!」 


熱く語るカミーユの眼差しは真剣だった。

リオネルは、初めてアンセルムの宿に泊まった晩、

『大逆襲』を決意した事を思い出した。

あの時、自分は超が付く甘ったれな少年から、ようやく決別したのだと。


そして確信する。


カミーユも変わる。

『わがままで頼りない少年』から『強く前向きな大人の男』として変わって行くのだと。


「俺……凄く面倒臭い奴でっすけど、ずっと見ててくださいっす!」


「お、おう! こちらこそ、これからも宜しく頼むよ」


おずおずと差し出したカミーユの手を、

リオネルは、すぐにしっかりと握っていたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


まさに、雨降って地固まる。

わだかまりを捨て、完全に和解したリオネルとカミーユは、仲良く並んで、

ゴブリンを倒すべく、洞窟へ歩いて行く。


ふたりを笑顔で見送るモーリスとミリアン。


歩きながらカミーユがささやいて来る。


「姉さんと俺は双子ですから、事あるごとに比べられて来ましたっす。いっつも姉さんが全てにおいて勝っていたっす。俺はいつもかばって貰っていたっす」


「そうだったのか……」


「はいっす! 姉さんは下手なナンパ男なんかぶっとばすくらい強いっす。当然俺よりも全然強いっす。でも俺は、やっぱ姉さんには負けたくないっす。これ以上姉さんに守られたくない、大好きだから! 俺が絶対に守りたいっすから」


「そうか!」


「はいっす! 俺、自分でも情けないくらい怖がりだって分かるっす。この先、冒険者として、シーフを目指すのも不安はあるっす」


「…………」


「でも! 強くなりたい! 姉さんをまもる為なら、俺は怖い事も、いくらでも我慢出来るっす。命だって、懸けられるっす!」


これがカミーユの本音。

大好きな姉よりも強くなり、彼女を守る存在でありたいのだ。


「でも、姉さんは魔法も使えるから、同じ事をしていても絶対に勝てないっす。何倍も何倍も努力をした上で、何か工夫をしないと……」


「そうかもしれないな。ミリアンは才能がある」


「ははは、リオさんは、はっきり言うから逆に信じられるっすよ」


苦笑するカミーユの視線は、リオネルが左腕に着けた小型盾へ注がれている。


「リオさん、そのバックラーより更に小さい盾、使い勝手が良さそうっすね」


「ああ、使いやすいよ。基本的にはバックラーと同じ使い方だと、冒険者ギルドではアドバイスを受けた」


「な、成る程」


「俺のは改良型で、サイズをやや小さくした上で、上腕から前腕の、どの位置にも装着出来るようにしてあるから」


「そうなんすか!」


「ああ、肩から、手首まで幅広く使える。カミーユが装着しているガントレットと同じく強化ミスリル製だから、軽くて丈夫だ」


「あの、俺……初めて出会った原野でも、キャナール村の農地でも、今、姉さんと一緒に戦った時も、リオさんがシールドバッシュするの、ず~っと見ていたんですけど……」


「分かるよ、カミーユは、この盾を使ってみたいのか?」


「うわ! 俺の事、何でも分かるんすね! は、はいっす! ぜ、ぜひ! 貸してくださいっす!」


一瞬、リオネルは迷った。

この盾を使う事で、モーリスが伝授した、破邪聖煌拳はじゃせいこうけんに、

『何らかの悪影響』が出ると困る……そう懸念したからだ。


しかし、カミーユは折角、前向きとなっている。


ここは水を差すべきではない。

後で、モーリスへ経緯と理由を話し、相談すれば良い。

そしてもうひとつ「決めた事」もあった。


「いや、貸すのではなく、もしも使ってみて気に入ったのなら、この盾をカミーユへあげよう」


「ええっ!? 使ってみて気に入ったら!? く、くれるって!? い、良いんすか!?」


「ああ、構わない。予備があるし、大丈夫。とりあえずこれを使ってくれ。後で、新品に取り替えてあげるよ」


リオネルは手首から盾を外し、カミーユへ渡した。


しかしカミーユは、


「いえ! これをぜひ譲ってくださいっす! リオさんが使っていたモノを、俺も使いたいんでっす!」


と言い、にっこり笑ったのである。

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