第101話「本当にありがとう!」

本音のやりとり、そして葛藤の末……

元気をなくしたカミーユを連れ、『陣地』へ戻ったリオネル。


ゴブリンと戦わずして戻ったふたりを見て、驚いたのはモーリスとミリアンである。


但し、質問はカミーユへ集中する。

「原因はカミーユに違いない」と、ふたりともすぐ「ピン!」と来たようだ。


「おお、どうしたんだ、カミーユ」

「何やってんのよ、カミーユ」


「え、ええっと……あの」


ふたりから突っ込まれ、カミーユはしどろもどろ。

リオネルとのやりとりを、素直に言えるはずもない。


ここは、言葉を選びつつ、リオネルがフォローするしかないだろう。


「カミーユは、俺が立てた作戦に一歩理解が及んでいなかった。それゆえ、怪我をしたらまずいので、とりあえず戻ってクールダウンという事となった。……そうだな、カミーユ」


「は、はいっす……」


「違います」とも言えず、カミーユは言葉少なだ。


片や、リオネルは笑顔で再出撃を告げる。


「と、いう事で、とりあえずこのパートは俺が単独でやります」


単独行を告げられ、


「成る程。まあ、リオ君に任せるか」


と、モーリスは納得していたが、ミリアンは少し不満そうである。


「え? リオさんがひとりで戦うの?」


「ああ、そうだ。初めて出会った時もそうだったろう? 問題ないよ、ゴブリンが相手なら」


そう、キャナール村へ向かう途中の『空地』で出会った際、

4人はいきなりゴブリン200体の襲撃を受けた。


1対200!

普通なら、どんな猛者でも食い殺される状況である。


しかし、モーリス達が止める間もなく、リオネルは、とんでもない速度で、

単身ゴブリンの大群に突っ込み、逆に圧倒してしまった。

まるで、自分が『ゴブリンの天敵中の天敵だ』と言わんばかりの強さであった。


そして昨日のキャナール村における農地バトルでの勝利。

とんでもなく驚異、奇跡ともいえる、1対1,000。

以下同文。


ミリアンの中で、ふたつの記憶は、とんでもなく鮮烈である。

だからこそ、モーリスもリオネルの単独戦に納得、OKしたのである。


リオネルに言い切られて、ミリアンも一応納得せざるを得ない。


「うん、確かにそうだけど……」


「じゃあ、俺、行くぞ」


「待って! じゃあ、やっぱり私が一緒に行くから!」


「ね、姉さん! ダ、ダメだよ! あ、危ないから!」


やはり、カミーユは姉が心配でたまらないようだ。

必死に、出撃を止めようとした。


しかしミリアンは、キッと、カミーユをにらむ。


「シャラップ! 黙りなさい、カミーユ」


そして、リオネルに向き直り言う。


「リオさん、構わないわよね! 私、戦いの経験値を積みたいんだ。またとない機会だから、実になる修行をしたいの!」


前向きなミリアンの眼差しはとても真剣である。

少しの間を置いて、リオネルはOKする。


「……分かった……じゃあ、一緒に行こう」


「ありがと!」


という事で、今度はリオネルとミリアンが、ゴブリンに挑む事となったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


三方の土壁で囲まれた洞窟の出入り口……

並んで歩きながら向かうリオネルとミリアン。


リオネルは、カミーユへ告げたのと同じやりとりをミリアンと繰り返す。

作戦と現状の確認を求めたのだ。

対して、ミリアンはリオネルの立てた作戦、現在の状況を落ち着いて完璧に答えた。


リオネルは、ミリアンの憶えの良さを褒めた。


ミリアンは勘の良い女子である。


「リオさん」


「ん?」


「カミーユ……やらかしたよね?」


「やらかした?」


「うん! さっき私にしたのと同じ質問、これから行う作戦の段取り、現在の状況、あいつにもしたでしょ?」


「あ、ああ……したよ」


「リオさんが、作戦と現状をカミーユへ聞いたら、全て忘れてたんじゃない? あいつ、私が話をする時も、良く右の耳から、左の耳へそのまま抜けるのよ!」


図星を突くミリアン。


「ええっと」


そのまま言うと、告げ口のようになる。

リオネルは曖昧に言うが……

ミリアンは更に鋭く突っ込む。


「絶対にそうでしょ! いつも一緒に居る姉だから分かるわ! リオさんから聞いたって言わないから教えてよ!」


「……当たりだ」


「やっぱりね! あいつ昔からそう! 悪い子じゃないし、器用なんだけど、おおざっぱでいい加減な所があるから! それでいてすぐ私と張り合うんだよ」


「そうかあ……あと少し、カミーユは怖がりが過ぎるかな……そういう所を改めないと、希望するシーフになるのは、いかがなモノかと言ったんだ」


「確かに超が付く怖がりだよねぇ! 私だってあいつへ、良くそう言うよ、弱虫って!」


「はは、弱虫か……」


自分も散々言われたっけ。

リオネルは記憶を手繰りながら、苦笑する。


「ミリアン、それにカミーユへは俺、こうも言ったよ。単独のソロプレーヤーならいざ知らず、クランに所属して、冒険者をやるのなら、リーダーや仲間の話をしっかり聞かないのは致命的だぞ、死ぬぞ、とね」


「うん、分かるよ。クラン所属なら、個人じゃなく全員で行動するからね」


「実際俺は、王都の支部で、あまりにもあっさりと知り合いの冒険者が死ぬ事を、何度も実感したんだ。冒険者が、実入りの良い報酬と引き換えに、生と死の狭間に立つ危険な職業だという事が改めて分かった! ひどく身に染みたのさ」


「そう……だったんだ」


「ああ! 冒険者のシビアさを、カミーユはあまりにも分かっていない。命がけだって事をね。注意力散漫なシーフの見落としは、自分だけじゃなく、クラン全体の命の危機につながるから」


「う~ん……ヤバイよね」


「だから、シーフになる事に、冒険者に固執せず、他の道もある。ミリアンと幸せに暮らす方法はいくつもあるぞと言っておいた」


「リオさん……」


「先ほど、カミーユへ伝えた事をミリアンにも言おう」


「え、ええ、言って! いえ、お願い、言ってください」


「……ミリアン、俺はお前を死なせたくない。お前だけじゃない、カミーユもモーリスさんもパトリスさんも、キャナール村の人達もそうだ。俺と関わり、心が通じた人達を死なせたくないんだ! 凄く青臭い理想論かもしれないが……」


「……………」


「心から信頼し合い、助け合わなければ、俺は背中を、命を預ける事は出来ない」


「……………」


「だから、俺を信頼し、任務に真面目に取り組まないのなら、俺は一緒には戦えない」


「……………」


「俺が王都で世話になった人が言っていた。リオ、人生において数回は、必死に頑張らなきゃ、いけない時期があるって」


「……………」


「手抜きをせず、一生懸命にならないと、きまぐれな運命の女神は、自分へ手を差し伸べてくれない。必死にやって、差し伸べてくれた女神の手をしっかり掴まないと、いけない。それが幸せと不幸せの分かれ道となるってな」


「……………」


「俺はカミーユへ、お前はまさにその時期、今、必死に頑張らなきゃ、いけない時期じゃないのか? と問いかけた」


「……………」


「あいつは口ごもり、答えられなかった。だから俺は、もしも頑張るのが嫌なら、無理ならば……このまま戦わず、ミリアンとモーリスさんの居る、陣地に戻って構わない。無理して冒険者になる必要はないと伝えたんだ」


「……………」


「……ミリアン、お前もそうさ。冒険者にならず、カミーユと一緒に、地道に平穏に暮らせる道も必ずある。それもいくつもな」


「……………」


「幸せの形はいろいろあるんだ。選ぶのは、お前さ」


「……………」


「と、拙速にカミーユを問い詰めたから、あいつはやけになって、死んでも構わない、ゴブリンと戦うと言い出した。それで俺も反省して謝り、一旦戻って、カミーユをクールダウンさせた……と、いうオチさ」


熱く、いろいろ話した末に、自分も失敗したとリオネルは正直に告げた。

対して、ミリアンは考え込み……


「……………リオさん」


「ん?」


「まずはお礼を言うよ。ありがとう! 本当にありがとう! 凄く嬉しいよ!」


「ミリアン……」


「出会ったばかりの私達姉弟の事を、ここまで真剣に考えてくれるなんて、モーリスさんと同じ、いえ、それ以上かもしれない」


「……………」


「だから、私はリオさんを誠実だと思う! 心の底から信じられる!」


「……………」


「私、ゴブリンどもと戦うよ! リオさんも私を信じて、背中を預けてね!」


ミリアンはそう言うと、リオネルに対し、晴れやかな笑顔を見せたのである。

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