第98話「行きましょう!」

馬をなだめ、落ち着かせたばかりか、はつらつと元気にさせ……

飼い葉と水も与えてから、リオネルとカミーユは、

モーリスとミリアンの待つ『陣地』へ戻った。


「戻りました!」

「はああ、戻りました……」


笑顔で声に張りのあるリオネルに比べ、カミーユは元気がない。

馬が無事なのでモーリスは笑顔だ。


「ははは、おいおい、カミーユ、どうした?」


「いや、何も出来ずに、俺、凄く情けなくて……リオさんが全部やってくれたから」


「それは、仕方がないだろう、カミーユ。お前はまだデビュー前、経験不足のひよっこだ。片やリオ君は、私と同じランクB、ランカーなんだから」


「でも、モーリス師匠。リオさんって、まだ18歳なんでしょう。俺とたった3つしか違わないっすよぉ」


「馬鹿者! そんな事言ったら、私だってこの年……46歳になっても、18歳のリオ君と同じランクBなんだぞ」


「う、うう……まあ、そうっすよね、師匠。リオさんが凄すぎるんすよねぇ」


「ああ、王都支部のサブマスターから聞いたが、リオ君は限りなくランクAに近い存在だと言っていたぞ」


「わお! リオさんランクA間近っすかあ! ホント凄いっす!」


「こら、師匠、カミーユ。べらべら話してないで! 前方のゴブリンに注意! 土壁で防いでいるからって、絶対に気を抜いちゃダメだよ」


ぶぎゃう、ぶぎゃう、ぶぎゃう、ぶぎゃう、ぶぎゃう!

ぶぎゃう、ぶぎゃう、ぶぎゃう、ぶぎゃう、ぶぎゃう!


ぶぎゃう、ぶぎゃう、ぶぎゃう、ぶぎゃう、ぶぎゃう!

ぶぎゃう、ぶぎゃう、ぶぎゃう、ぶぎゃう、ぶぎゃう!


ミリアンの言う通りだ。

相変わらず、ゴブリンどもは、モーリスの生成した土壁で行く手を阻まれ、

吠えていた。

彼らの怒りと苦痛と焦りの波動が伝わって来る。


洞窟の入り口から白煙も立ち上っていた。

モーリスの土壁がちょうど三方をふさぎ、押し込められた形となっている。

いわば燻製状態くんせいじょうたいであり、相当辛いようだ。


モーリスがふさがれた洞窟を見て微笑む。


「分かってるよ、ミリアン。だが奴らはしばらくの間、こちらへ来れない」


「え? 師匠! 言い切っちゃいます? ゴブリンどもが土壁を乗り越えたり、壊したら……奴ら来ちゃいますよ!」


「うんうん! 私はほぼ大丈夫だと思う。それにな、もし私の土壁を越えて来ても、この陣地との間に魔力を含んだ風が立ち上り、二重の壁となっている」


さすがはモーリスである。

吹きすさぶ魔力の渦を察知し、リオネルが仕掛けた風壁の存在を認識していたのだ。


「え? 風の壁?」


「ああ、それも長さ20m、高さ10mはある巨大な風の壁だ。奴らは相当大回りしないとこちらへは来れない。この壁はリオ君の仕業だな?」


「です! 後、約15分くらい風壁は保ちます。今のうちに身体を休め、魔力を回復しましょう」


馬も落ち着き、先ほどの様子から戦闘の目途もつきそうだ。

「油断大敵」「勝って兜の緒を締めよ」だが、

リオネルの呼びかけに対し、3人とも、


「「「了解!」」」


と笑顔を返したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


リオネルの立てた作戦通り、モーリスの見立て通り……

ゴブリンどもは陣地へ迫る事は出来なかった。


15分経っても、1体も現れなかったのだ……

リオネルの生成した風壁に迫るどころか、モーリスの土壁を乗り越えるのも、壊す事も出来なかったのである。


モーリスとミリアンはまだ体内魔力量が万全ではない。

100%回復するにはまだ少し時間がかかる。

特にモーリスは土壁を3か所生成したせいか、魔力を大きく消費したようだ。


ここでリオネルは、改めて『索敵』を行使。

洞窟の出入り口と内部付近を探る。


当然だが、魔導発煙筒の効能効果により、ゴブリンどもの大部分は出入り口付近に殺到。

死んではいないが、弱り切り、折り重なるように倒れていた。

満足に動ける者はたった2割弱に過ぎない。


ぱぱぱぱぱぱ! とリオネルは思考を巡らせる。

『考え』があっという間にまとまった。


「よし! 予定は未定。作戦を変更しましょう」


「作戦変更? どうするんだね、リオ君」


聞き返す、モーリス。

ミリアンとカミーユも聞き耳を立てていた。


リオネルは話を続ける。


「魔力で分かりますが……魔導発煙筒の影響で、出入り口付近に殺到したゴブリンは行き先をふさがれ、燻製状態。大部分が弱っています」


「成る程」


「このままにはしておけないし、動ける者を掃討します。俺が風弾でモーリスさんの造った正面の土壁の隅に一体が通れる穴を開けます。すると動ける個体は必死になって外へ出ようとするでしょう」


「うむ、そうだろうな」


「そこを俺とカミーユで倒します、接近戦で」


リオネルが言うと、カミーユはびっくりし、自分を指さした。


「接近戦!? お、俺っすか!? 師匠じゃなくて!?」


「ああ、モーリスさんとミリアンは魔力回復に努めて貰う」


「う、ううう」


「カミーユ、俺がお前を守る。威圧しながら前方に立つから大丈夫さ。この機会を格闘戦の良い修行の場としようぜ」


「おお、成る程なあ。リオ君とカミーユが修行している間に、私とミリアンが魔力を完全回復させるわけだ! うむ、カミーユ、さっきのうっぷん晴らしだ、思い切り暴れて来い!」


しかし、と……カミーユは泣きそうな顔をする。


「で、でも……万が一、土壁を崩して一気にゴブリンが大群で来たら……俺、確実に喰われちまいますよ」


「何よ、カミーユ、情けない! あんたびびってるの?」


「い、いや、姉さん……びびってるわけじゃないけどさ」


怯えるカミーユに、モーリスも言う。


「カミーユ、リオ君がついているから大丈夫だ。冒険者になれば、もっと危険な死地へ赴く場合も多い。今回はリオ君の言う通り、良い修行の機会だぞ」


モールスの熱心な説得も、カミーユの心には届いていない。


「で、でも……」


口ごもるカミーユ――弟を見ていた姉ミリアンが遂に切れた。


「……分かった! カミーユ、あんた休んでな。私がリオさんと行ってくるから」


「え、えええっ!? 姉さん、喰われちまうよ!」


「何、言ってるの? リオさんは前面に立ち、あんたに背中を預け、守るとまで言っているのよ! ここまで安全を担保して貰っているのに、あんた、臆してるの?」


「姉さん………」


「リオさん、今、支度するから待っててね!」


と、その時。


「ダ、ダメだっ、姉さん! ヤバイって! お、俺が行くよっ!」


先ほどの洞窟潜入と一緒である。

「双子の姉を……危険にさらすのは絶対NG」だと、カミーユは、遂に決断した。


「リオさんっ! び、びびって、すんませんでしたっ! 行きましょうっ!」


ひどく真剣な表情となったカミーユは、リオネルに向かい、大きく頷いたのである。

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