第97話「また派生!?」

ぶひひひひひんんん!!!

ぶひひひひひんんん!!!


けたたましい馬のいななきが、辺りに大きく鳴り響いている。


リオネルに言われ、馬達の下へ駆けつけてからずっと、カミーユは慌てていた。

一生懸命になだめ、すかしても、全くダメなのだ。


4頭の馬が立ち上がって暴れるのに、どうしても手がつけられない状態である。

人間の力では敵わないし、下手にちょっかいを出せば、蹴られてしまうから。


「どうどうどう! ち、ちっくしょ~、お前達ぃ、お、大人しくしろぉ!」


本来、馬は臆病な動物だ。

リオネル達とゴブリンどもの戦いの様子を見て、音を聞き、気配を感じ、

怯えたに違いない。


ぶひひひひひんんん!!!

ぶひひひひひんんん!!!


馬は相変わらず暴れ、いなないていた。


情けない!

情けない!

本当に情けないっ!


カミーユは嘆く。


クランの生命線たる馬。

その馬を任されたのに、何ひとつ出来ないからだ。


無力だ!

俺は本当に無力だ!


情けないよ!

情けなさすぎるっ!


後悔も襲って来る。


こんな事になるのなら……

モーリスに言われた馬の世話、教授された御し方を、

もっと真剣にやれば、習えば良かった!


乗馬だって、もっともっと練習すれば……

馬のなだめ方を、おぼえられたかもしれなかったのに……

そこそこ上手く乗れたから、つい面倒臭がって、いい加減にやってしまった。


どんどん、どんどん涙が出て来る。

悔し涙が止まらない!


何度、怯えた馬の悲鳴に近い『いななき』を聞いた事だろう。


く、くそお!

も、もしも!

う、馬が怪我をしたら、どうしよう!


後悔と不安と絶望感にかられていたカミーユへ、聞き覚えのある声が響く。


「落ち着け、カミーユ」


カミーユが振り返ると、リオネルが微笑み立っていた。


「あ、ああっ! リ、リオさん!」


「お前だけに任せて申し訳なかった。俺も一緒に馬をなだめるよ」


「リオさんが一緒に!? え、ええっ!? で、でも! あっちは!?」


ぶぎゃう、ぶぎゃう、ぶぎゃう、ぶぎゃう、ぶぎゃう!

ぶぎゃう、ぶぎゃう、ぶぎゃう、ぶぎゃう、ぶぎゃう!


ぶぎゃう、ぶぎゃう、ぶぎゃう、ぶぎゃう、ぶぎゃう!

ぶぎゃう、ぶぎゃう、ぶぎゃう、ぶぎゃう、ぶぎゃう!


おびただしい数のゴブリンの戸惑い、騒ぐ大声が聞こえて来る。


「ははは、大丈夫さ。手は打った」


「だ、大丈夫? 手は打った?」


「おう! モーリスさんの土壁で、洞窟にはふたをし、カミーユには見えないだろうけど、俺の『風壁』で都合、二重の防壁を造ってある。ゴブリンどもははばまれて、攻めて来れないんだ」


「す、凄いっす!」


「まあ、さすがにゴブリンどもを倒すまでは無理だが、とりあえずの時間稼ぎにはなる。その間に、俺と一緒に馬を落ち着かせよう」


「で、でもリオさん! どうやって落ち着かせるんですか? この通り、お手上げ状態なんですよ!」


「まあ、任せろ! しばらく黙って見ててくれるか」


「あ、は、はい」


実は……リオネルにも「絶対に」という確証はない。

でも、ここまではっきり言い切ったのには理由があった。


そう……今までリオネルを導いてくれた『心の内なる声』がささやいてくれたのだ。


馬をなだめよ……

治癒の魔法と特異スキル『リブート』―再起動をもって……

さすれば汝、新たな力を得る……と。


ようし!

やるかあ!


リオネルは安心させるよう、再びカミーユへ微笑むと、

呼吸法を使い、体内魔力を高めて行ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


今のような状態の馬を「入れ込む」とも言う。

否、もっと酷い状態かもしれない。


体内魔力を高めたリオネルは、

暴れる馬達へ回復魔法『治癒』をかける。


リオネルの治癒は普通の治癒よりややハイレベルだ。

体力回復約1割、10%は変わらない。

だが、アルエット村村長クレマンへの行使の際、予想以上にメンタルをケアする効果が出たのである。


失礼だが、馬に対してもクレマンと同じ効果が出た。

体力の回復はわずかだが……

暴れるのをやめ、欲求不満を表す行為、馬が前肢で地面をかく仕草、前がきに落ち着いたのだ。


リオネルは黙って馬を見つめているだけ、詠唱やアクション等、魔法を行使する動作をしていない。


傍から見ていたカミーユには、まるでリオネルが何もせず馬をなだめ、鎮めたようにしか見えない。


「す、すげぇ! すげぇよ、リオさん!」


しかしカミーユが驚くのは、まだまだ早かった。


続いてリオネルは馬達へ、

特異スキル『リブート』――再起動、レベル補正プラス15を行使した。


すると、馬達は前がきをやめ、「ぴしっ!」となり……何と!


ひひひひん! ひひひひん! ひひひひん!


元気にいなないたのである。


「うわ! 何だよ! 一体どうなってる? 馬が大人しくなったばかりか、すげえ元気になっちゃったよぉ!」


カミーユが驚き、のけぞった瞬間!


チャララララ、パッパー!!!


リオネルの心の中で、独特のランクアップファンファーレが鳴り響き、内なる声が告げて来る。


リオネル・ロートレックはチートスキル『エヴォリューシオ』の効果により、

習得済みの回復魔法『治癒』、特異スキル『リブート』レベル補正プラス15から派生し、回復魔法『鎮静』を習得しました。


また派生!?


……補足しよう。

派生とは、元になる物事から分かれて生じる事。


今回は、治癒の魔法と再起動のスキル、それぞれの要素が、

『エヴォリューシオ』の効果により派生、組み合わさって、

回復魔法『鎮静』を新たに習得したらしい。

何故、そうなるのかシステムは不明なのだが……

リオネルは、そのように解釈するしかない。


という事で、リオネルは驚き、つい声を発する。


「うおい! また『派生』か~い!」


「え? また派生って? リオさん、いきなり、どうしたっすか?」


「い、いや、何でもない。馬……元気になって良かったなあ」


「は、はあ……」


慌ててとぼけるリオネルを見て、カミーユは不思議そうに首を傾げていたのである。

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