第86話「大きな声で」

キャナール村の村長でもある、創世神教会司祭パトリスが、

宿舎の空き家から退出した。


すかさずモーリスがリオネル、ミリアン、カミーユへ言う。


「ふむ……皆に無理を言って申し訳ない。ゴブリンに圧倒的な強さを見せたリオ君が居るとはいえ、情報が殆どない中で戦う事に、どれほど大きなリスクがあるのか……今回はやむを得ず引き受けたが、今後は避けよう。そしてパトリスや村民には悪いが、無茶は絶対に禁止だ」


モーリスは更に話を続ける。


「パトリスとは親友で長い付き合いだ。私は無理を承知で依頼する奴の気持ちが分かる」


ここで、モーリスは大きく息を吐いた。


「司祭として、村長として、村民の期待を一心に受け、ギリギリの状況下に置かれ、頼る者が居なかった所へ、私達が来た……」


いつもは茶目っ気たっぷりのモーリスが、ひどく真剣な表情になっている。

リオネルは勿論、いつもは突っ込みを入れるミリアンとカミーユも真面目な顔付きで、無言である。


「………………」


「仕方なく無理を私達へ言い、村民も居合わせた中で、明日への希望を見せるしかなかったのだ」


「………………」


「さあ、ゴブリンとの戦闘準備だ。あと30分でパトリスが迎えに来るぞ。全員急いでくれよ」


リオネルが、そしてミリアン、カミーユが返事をする。


「了解です」


「OK!」

「わっかりましたあ」


リオネルは用意しておいた『いつもの装備』を、素早く身に着けた。

革鎧を着込み、付属の革兜をかぶる。


右腰にこん棒、左腰にスクラマサクスを提げた。

左肩の盾を左手に装着、手甲とする。

また左腕の収納の腕輪、右手人差し指の回復の腕輪、ベルトの小物入れは、

紛失防止の為、ず~っと「つけっぱなし」である。


モーリス、ミリアン、カミーユも出会った時の装備とほぼ一緒。

革鎧に革兜、武器は小型のメイスを腰から左腰から提げている。

唯一違うのは、3人全員が特殊な『強化ミスリル製ガントレット』を両腕に装着した事だ。


好奇心旺盛なリオネルは、『強化ミスリル製ガントレット』が気になる。


「モーリスさん、そのガントレットは?」


「ああ、これはね。創世神教会の武闘僧モンクが使う破邪聖煌拳はじゃせいこうけん用のガントレットさ」


……破邪聖煌拳はじゃせいこうけん

モーリスが口にした拳法名に、リオネルは認識がある。


「破邪聖煌拳って、確か……己のこぶしに、魔族や不死者アンデッドに有効な破邪や葬送の魔法を込めて、打つ拳法ですよね」


「ああ、その通りだ。私は、破邪と葬送の魔法が行使出来るから問題ない。だが、ミリアンとカミーユはそれらの魔法が使えない。なので、通常は私が魔物全般にダメージを与える葬送魔法『聖印』を込めた改良魔導ガントレットを渡し、使用させている」


「そうなんですか」


「ああ、『聖印』を込めた魔導ガントレットは魔力量しばりの使用回数という制限はあるが、不死者アンデッドには、とても有用だよ」


「成る程」


モーリスの説明は分かりやすく、簡潔である。

ミリアンとカミーユは、この『強化ミスリル製ガントレット』を使い、破邪聖煌拳の修行をしているに違いない。


葬送魔法『聖印』ならリオネルも行使可能である。

基本は死骸の不死者アンデッド化阻止に使う。

だが、新たな葬送魔法『鎮魂歌レクイエム』を習得したから使用頻度が減っていた。

攻撃用に使えるのなら、ぜひ試してみたいところだ。


「リオ君、破邪聖煌拳はそもそも、世界のことわりに反した不死者アンデッドを倒す為に武闘僧モンクの開祖が編み出した拳法なんだ」


「ですよね! 俺、本で読んだり、ギルドでそう聞きました」


「しかし、それだけではつまらない」


「つまらない?」


「ああ、私は破邪や葬送の魔法だけでなく、他の属性魔法も拳へ込めて、敵を攻撃する技法も研究中だ。実践も行い、既に結果が出ている。今回使用するミリアンのガントレットには、彼女の水属性攻撃魔法『氷弾』が込められている。冷気で相手の動きを著しく鈍らせる」


「へえ……そのような使い方も可能なんですね」


「ははは、リオ君も葬送魔法が使えるから……興味がありあり……って感じだね」


モーリスにそう言われ、リオネルの顔が輝く。

葬送魔法『聖印』は勿論、他の属性魔法も試してみたいと思ったからだ。


「ええ、ありありでっす! ぜひ習得したいです。日を改めてご教授ください」


「ああ、喜んで。リオ君さえ良ければどんどん教えよう。ミリアン、カミーユと共に、修行すれば良い」


モーリスはそう言うと、改めて作戦を告げて来る。


「では作戦を告げる。まずは私とリオ君で前衛に立つ。ミリアンとカミーユは後方でスタンバイする」


「「「了解!」」」


「体力、魔力の消耗を見て、私がミリアンと交代、後方へ下がる。しばらくしたら、今度はミリアンがカミーユと交代、次は私とリオ君が交代……この繰り返しだ」


モーリスは続けて言う。


「新参のリオ君にはいきなり負担をかけて申し訳ない。だが、先ほどの戦いぶりを見て、判断した。君はゴブリンとは、戦い慣れている。ダメージも殆ど受けていない……大いに期待しているよ」


「はい! 任せてください!」


「後方支援の魔法はいつもならガンガン撃つところだが、今日の現場は農地だ。やたらと撃てば作物に被害が出る。それは宜しくないから、今回はよほどの事がなければ魔法は使わない。後方に居る者は前衛が撃ち漏らした個体を武器、格闘ですみやかに掃討するというスタンスで頼むぞ」


「「「了解!」」」


「基本的には先ほどのローテーションで戦う。しかしダメージを受けたり、疲れが出た場合は、臨機応変に変更する。それと相手が想定以上の数で出現した場合、私とリオ君が討伐する割合を大きく増やす。最後に……パトリス達村民の応援をあてにせず、なるべく私達だけで討伐する事を心がけよう……質問がないようなら以上だ」


「「「了解!」」」


という事で、モーリスの話が終わった。


ランカーであるモーリスは、今まで冒険者としての実績……

それもクランリーダーか、準ずる立場で作戦立案もして来たに違いない。


知識、魔法、武技、そしてリーダーとしての作戦立案及び状況判断……

リオネルが学ぶべき事は、数多ある。


散々に思考を尽くした上で、迷った時は、最後は自分の直感にゆだねる……

モーリス達と、同行するか否か……

最後には直感に従った。


今までも思考を尽くして、最後には内なる声――直感に従い、窮地も脱して来た。

これからもそれで行こう!


リオネルが決意したその時……


とんとんとんとんとんとん!!!


『空き家』の扉が、リズミカルに叩かれた。


「私だ! パトリスだ! 自警団は参加可能な者は全員揃った! そちらの準備はどうだ?」


パトリスの声を聞き、モーリスは「にやっ」と笑う。


「ふむ……行くかあ!!!」


「「「はいっっ!!!」」」


外に居るパトリスに、出撃する事がはっきり聞こえるよう、

リオネル達は『大きな声』で応えたのである。

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