第85話「持てる力を使え! 役に立て! 助け合え! 支え合うんだ!」

パトリスは居住いずまいを正した。

柔和な笑顔が、ガラリと変わり真剣な表情となる。


「ではモーリス、このキャナール村において、村長として! お前達に頼みたい仕事の説明を行おう」


「うむ! 宜しく頼む」


「村外の農地にな、ゴブリンの群れが出没するのだ。どんどん数が増えて来て、最近では50体はおろか、100体……それ以上という場合もある」


ゴブリンが100体以上と聞き、ミリアンとカミーユが色めき立つ。


「うわ! 依頼はゴブリン討伐かあ! これは疾風しっぷう弾丸だんがん、リオさんの出番よ!」

「やったあ! リオさん、ビンゴ! 相手がゴブリン100体なら、荒くれぼっちは、ノープロブレムで楽勝だぜ!」


初めて原野で出会った時、ミリアンとカミーユは、

ゴブリン200体を倒すリオネルの無双ぶりをはっきり目撃している。


それゆえ、余裕しゃくしゃく。

「対ゴブリンならば、もう安心」という顔付きだ。


ヒートアップしたふたりへ、モーリスがブレーキをかける。


「こらこら、ミリアン、カミーユ、静かにせい! パトリス、続きを話してくれ」


「うむ! 最初に奴らが襲って来た時はたった4,5体だった。その時以降、村の自警団が出張り、団員50人から最大出動可能人数の100人ほどで応戦しているが、日が経つにつれ、どんどん数が増えておるのだ」


「ふむ、村の自警団か。領主様へ助けを求めぬのか?」


「うむ、領主様へ、騎士か兵士の救援を大至急で頼んだが、動きがとんでもなく遅い。いまだ対応してくれぬ」


「う~む、あまり考えたくないが、うわべの言葉だけで、見て見ぬふりかもしれんな……困ったものだ」


「ああ、それに警護にあたる村の自警団も、有志の村民だし、当然ながら専任ではなく農業と兼業だ」


「ああ、そうだろうな」


「うむ! 本来、自警団員にも耕すべき自分の農地がある。ず~っと警護ばかりで、本業そっちのけというわけにはいかん。けが人も増えておるし、奴らには作物も荒らされっぱなし、収穫もままならん。本当に困っておるのだ」


「分かった、パトリス! 念の為、依頼の到達目標点を再確認しよう。まずは村外の農地へ襲来するゴブリンの討伐を出来る限り行うのだな」


「うむ、モーリスよ、そうだ!」


「更に可能ならば、本拠地たる巣穴を探り出す。最終的には、この村周辺に跋扈ばっこする、全ゴブリンの壊滅を目指す……のだな」


「うむ、さすがだ、モーリス! もろもろ、その通りだ。そちらの支度が出来たら、これからすぐ、出撃を頼みたい!」


「おいおい、これからすぐかい? 本来なら、現場である農地の下見とか、いろいろ事前準備が必要だと思うが。こちらも、作戦を練って、準備をする時間が必要なんだ」


「いや、今すぐだ! 本当に申し訳ないとは思う! でも、まずは襲撃される現状を見て欲しいのだ!」


「そ、そうか! その様子だと、だいぶ追い詰められているようだな」


「ああ、こちらはもうギリギリで、切羽詰せっぱつまっている。備蓄している食料も減る一方で、実は村民全員が、心身ともにクタクタなんだ」


こちらはもうギリギリで、切羽詰せっぱつまっている……

備蓄している食料も減る一方……

実は村民全員が、心身ともにクタクタなんだ……


パトリスの言葉を聞き、居合わせた村民達からも、

「そうだ、もう限界だ!」「耐えられない!」「助けてください!」等々、

悲痛な叫びが相次いだ。


モーリスさんとパトリスさんが親友とはいえ……

俺達にゴブリン討伐を期待していたとはいえ……

流れ者の俺達を、キャナール村の村民達は温かく迎えてくれた。

残りわずかとなった、とっておきの食料も、気持良く、惜しみなく、出してくれた。


キャナール村の現状は……アルエット村と同じ、いや、それより酷いのだ!


リオネル達へ向けられる熱い視線を感じる……

パトリスも含め、村民全員がすがるように、リオネル達を見つめていた。


その瞬間!


リオネルの心が打ち震える。

不思議な熱い思いが、心にどんどん湧き上がる。


俺は……

出会ったばかりの、この人達の力になりたい!


内なる声も、はっきりとささやいて来る。


お前の……

持てる力を使え!

役に立て!

助け合え!

支え合うんだ!

と。


そして、リオネルは確信する。

アルエット村における数多あまたの経験が、彼の気持をしっかりと後押ししていた。


俺は最早、以前の俺じゃない!

「役立たず!」とののしられるゴミクズではない!

習得した己の能力を存分に使う事が出来る!

難儀している人々を助け、支える事が出来るんだ!


「モーリスさん!!」


気合の入ったリオネルの声を聞き、モーリスは微笑む。


「おお! 何だ、リオ君」


「出来うるなら、速攻で支度をして、出撃しましょう! 俺、頑張りますから!」


「よし! 分かった! パトリスよ、お前の依頼、引き受けよう! ミリアン! カミーユ! 出撃だ! すぐに支度しろ!」


「了解!」

「うっす!」


昨日、リオネルがゴブリンの大群に対し無双した事も、

士気に大きく影響しているに違いない。


笑顔のモーリスが出撃を促せば、

「百人力だ!」という面持ちで、ミリアンとカミーユも自信満々という趣きで、

大きく頷いたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


リオネル達が、出撃をOKしたのを受け、パトリスが声を張り上げる。

居合わせた村民達へ指示を出す。


「全村民に通達だ。クラン『モーリス』が、村外の農地へゴブリン討伐の為、出撃する。その為、農作業は本日に限り、4時間後の午前10時から開始としてそれまで自宅で待機。但し、自警団員は共闘の為、全員が参加。クラン『モーリス』とともに出発し、村外の農地へ。何かあれば現場で私が追加の指示を出す! とりあえず以上だ!」


「はい! 村長!」

「了解です、村長!」

「村長のご指示を即、実行します!」


打てば響け!

とばかりに、村民達は反応。

びしっと、パトリスへ敬礼し、出て行った。


「では、モーリス、支度をしてくれ。私も自宅へ行き、30分後にこちらへ迎えに来る」


「おい、パトリス。何かあれば現場で私が追加の指示を出す!って、もしやお前も行くのか?」


「当たり前だろう! 私は教会で、ただ祈りをささげる司祭というだけではない! 村民の安全を守る村長でもあり、先頭に立って戦う自警団の団長でもあるのだ!」


「分かった! あまり無理をするな」


「ははははは、私だって、昔、お前に手ほどきを受けた弟子のひとりだぞ。遅れは取らぬ!」


「びしっ!」と、リオネル達へ敬礼し……

パトリスは出て行った。

『出撃準備』をするのであろう。


モーリスが、慈愛がこもった、そして少し遠い目で言う。


「……変わっていないなあ、あいつは」


「変わっていない?」


リオネルが尋ねれば、モーリスは大きく頷く。


「ああ、変わっていない。パトリスは私とは同期の司祭だが、昔から正義感にあふれる熱い奴だ。本当は、かよわき者を護る、武闘僧モンクになりたかったのだ。戦いのセンスはあまりないので最終的に諦めたが、いずれ何かの役に立てばと、私から手ほどきを受けていたのさ」


「そうだったんですか……司祭様なのに村長を引き受け、自ら身体を張るなんて、良い人ですね、パトリスさん」


アルエット村の村長クレマンを思い出し、リオネルが言うと、


「パトリスさんは、私達の兄弟子だよね、カミーユ!」

「ああ、そうだね、姉さん! 素敵な兄弟子を助けないと!」


ミリアンとカミーユも、気持ちを新たにし、頷き合っていたのである。

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