第56話「恩返ししなきゃ!」
リオネルは愛用の魔導懐中時計を見た。
……既に午前8時過ぎである。
正論で、リオネルが論破した形とはなったが……
村長クレマンが同行するのは、全くの想定外だった。
「危険な魔物討伐など、流れ者の冒険者に任せる」
そう言われると思っていたからだ。
クレマンが同行する事となり、バタバタして余計な時間がかかってしまったが、
時間は、当初立てた予定から、とてつもなくは遅れていない。
約1時間ほどずれ込んだだけだ。
しかし単独と、ふたりで行くのとは違う。
それもクレマンを『護衛対象』にするのなら、行動内容は一から組み直さねばならない。
「リオネル! てめえは俺の後からついて来い! オークが居そうな場所を回ってやらあ!」
意外だった。
お手並み拝見と、言われ、先へ行かされるかと思いきや……
村の正門を出ると、クレマンはリオネルを『先導』したのだ。
少しだけ違和感を覚える……
「了解っす」
素直に従ったリオネルは……
ビルドアップした五感を鋭くした。
人、魔物両方の急襲がないよう、索敵を最大限に働かせなから、クレマンの背後から歩いて行く。
相変わらず、リオネルに背を向けたままクレマンは話す。
「ふん、ちょうど良かった。お前が論破してくれた事がな」
「俺が論破したのが、ちょうど良かったの……ですか?」
「おう、リオネル。こうなると、お前とふたりきりで、他の村民が居ねぇ」
「まあ、確かに村長と俺のふたりきりですね」
「だろう? サシで思う存分に、お前と話せるからな」
「サシで? 思う存分に話す? 俺とですか?」
「おうよ! 本音を言うぜ、リオネル! 実はそろそろワシ自身が、自警団とともにパトロールに出ようと思っておった」
「パトロールっすか」
「ああ、最近、村の近辺にオークが
「確かに……警戒した方が良いと思います」
「うむ! そうだな」
と、クレマンは同意し更に言う。
「リオネル、ここだけの話だが……お前に言われ、ワシは目が覚めたよ。ドニみたいにガキのような若い奴を、まだ死なせるわけにはいかねぇ」
「村長……」
「まずは老い先短い年寄りで村長のワシが、身体を張り、村民達の盾となるんだ」
おいおい! とリオネルは驚いた。
クレマンの口調がひどく穏やかなのだ。
朝一番でリオネルに喰ってかかった時と、雰囲気が全く違う。
そして、愛娘と愛孫を含めた村民の為、己が命を懸ける気迫が伝わって来るのだ。
「改めて礼を言うぞ、リオネル。エレーヌとアンナは本当に運が良かった。お前が助けてくれたからな……感謝しとる」
クレマンは再び礼を言ってくれた。
やはり、雰囲気が違う……
意固地、頑固という仮面の下に隠されたクレマンの素直な心が感じられる。
静かな落ち着いた物言いだが……
娘と孫が死なないで本当に本当に良かった!
生きていて、心の底から嬉しい!
という大きな喜びの波動が伝わって来る。
正門を出てから後ろ向きのままなので、クレマンの表情は読めない。
しかし、嬉しそうな笑顔に間違いない!
とリオネルは確信する。
「いえ、当たり前の事をしただけですから」
リオネルが控えめに言葉を戻すと、クレマンは鼻を鳴らす。
「ふん! お前は普通の冒険者と違うな。自慢したり威張ったりせん! ……すれておらん!」
「まあ、俺冒険者になりたてですからね」
「ワシは冒険者に関していろいろ調べた。リオネル、お前冒険者になってから何年だ?」
「はあ、1か月くらいです」
「な、なにぃ!!?? た、た、たった1か月だとぉ!? そ、そ、それでランクは!? ランクはどれくらいだっ!!??」
「Bっす」
「な、なにぃぃ!? ランクB!? た、た、たった1か月でランカーか!!?? む~っ、ほ、本来なら絶対にありえんぞっ!!」
「はあ、みたいです」
ランクBで『ランカー』……クレマンは冒険者の事を良く知っているようだ。
「娘の相手だった奴も、10年間冒険者やって、20代後半で何とかランクD……頑張って30歳過ぎて、やっとCになった。その矢先に死んだがな……」
クレマンは……しみじみと言った。
哀しみの気持ちが声にこもっていた。
間違いない。
彼はエレーヌの夫となった冒険者の事を調べていたようだ。
いつかは許し、愛娘との結婚を認めようとも……
その際、冒険者に関しての一般的な知識も得たのであろう。
いずれはアルエット村で……
家族として4人全員で、仲良く暮らす事を思い描いていたに違いない……
「ふっ、報酬は払わんと言ったが、撤回する。成果報酬だ! 村へ平和をもたらす結果を出したら金は、たっぷり払ってやろう! ワシのポケットマネーでな!」
「ありがたいです」
リオネルにはクレマンの本音が見えて来た。
今回リオネルがエレーヌとアンナを助けた事で思い知ったのだ。
「愛する者が生きている」という素晴らしさを……
もう二度と過ちを繰り返したくはない。
絶対に後悔をしたくない。
だから、そろそろ「つまらない意地を張る」のを……やめたいのだ。
幸い、エレーヌとアンナも歩み寄ってくれる可能性は十分にある。
後は何か、きっかけさえあれば……
長きに亘って生じた溝を埋めつつ、離れてしまった心の距離を縮める事が出来るだろう。
その為に、俺に何か協力出来る事があれば……精一杯やりたい!
……そう、リオネルは思う。
宿の主アンセルム同様、エレーヌとアンナ母娘には、
リオネルが失っていた『家族のぬくもり』を改めて教えて貰ったからだ。
「恩返ししなきゃ!」
前を歩くクレマンに聞こえないよう、リオネルは小さな声でつぶやいたのである。
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