第57話「そろそろ潮時です」

クレマンが先導し、リオネルが続く。

ふたりは街道へつながる村道をゆっくりと歩いている。


相変わらず背を向けたまま、クレマンが話しかける。


「リオネル。で、プロのお前はどこを探索しようと思っていたんだ? オークどもはどこに居る?」


「ええ、少し考えましたが……オークどもの『巣』を探そうと思ってます」


「奴らの巣……つまり本拠地か。じゃあ洞窟とかかよ?」 


「はい、洞窟は『あり』です。後は廃棄された建物、……廃屋とか、この付近にはありませんが、王国の砦の跡とかあれば確認はしたいですね」


「いかにも、という感じの森や林はどうなんだ?」


「オークは木登りがそんなに得意ではないと資料にはありましたし、聞いてもいます。樹上とかに住んだりもしないので、まずは洞窟、次に廃屋です。後は次元の裂け目ですね」


いきなり趣きが違う場所が出て、クレマンは驚く。


「次元の裂け目ぇ? 何じゃそりゃ?」


「ギルドの職員さんから聞きました。この世界の魔物は繁殖のみで生まれるのでなく、不定期に異次元の裂け目から現れ、増えていくって」


「は~、良く分かんねえ話だが、そんなんキリがねえなあ」


「です! そもそも次元の裂け目は、俺ではふさげませんし、ね」


「じゃあ、見つけても全く無駄じゃねえか」


「いえいえ、場所が特定出来れば、少なくとも何らかの対策はとれます。あとはひたすら戦って倒すしかないですけど、まあきりがないですよね」


「お前、18歳の癖して、人生を達観しているなあ」


「そうっすか」


という会話をしているうちに街道へ出た。

街道から少し王都へ戻る形で脇道へ入る獣道の先に洞窟があるとエレーヌからは聞いていた。


「よっし、じゃあ洞窟へ連れてってやらあ」


当然クレマンが導く方向、目指す場所も同じようだ。


「エレーヌさんとアンナちゃんが襲撃された現場も近いです。充分に注意しましょう」


「そんなん言われんでも、分かってらあ!」


「はあ、であれば大丈夫ですね」


「リオネル! ワシは、エレーヌとアンナから聞いたぞ。お前は3体を倒したようだが……奴らは強敵なんだ!」


「はい! 油断しないようにしましょう」


洞窟へ向かう獣道へ入り、歩く事5分。

リオネルの索敵は『オーク』の気配をキャッチした。

相手との距離は……約500m。


「村長、スタップ!」


「うお、何だ、衛兵みたいに呼び止めおって!」


「静かに……敵です。オークが5体居ます」


リオネルの警告を聞き、クレマンは慌てて周囲を見回した。


「なんでぃ! み、見えねぇぞ、オークなんか!」


「静かに! 俺の魔力感知の索敵に反応しているんです。俺が前に立ちます」


「な、て、てめえ! でしゃばりやがって! ワシは自分の身は自分で守れる!」


クレマンの声は元々大きい。

しかし、冒険者のリオネルとあって居丈高となり、更に大きくなっていた。


「村長」


「な、なんでえ」


「……静かにしてください、と言うのが聞こえませんか? 万が一貴方に何かあれば、肉親のエレーヌさんとアンナちゃんがひどく悲しむ」


「な!?」


「事情は聴いています」


「な、何!? 何の事情だ?」


「エレーヌさんは村長の娘さん、アンナちゃんはお孫さんだそうですね」


「あ、ああ……そうだ、そうだよ」


「そろそろ潮時です。もうやめましょう、お互いに意地の張り合いは」


リオネルはきっぱり言い切ると、クレマンの前に「ずいっ」と出て、

かばうように『盾役』となったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


リオネルの『説得』を聞いた後……

クレマンは極端に無口となってしまった。


放たれる激しい波動が、愛娘愛孫との葛藤を如実に表していた。

リオネルはしばらくクレマンを「そっとしておく」事にする。


この間に、ぱぱぱぱぱぱ! とリオネルは思考を巡らせる。


最初にドニ少年の『同行を断った事で分かるように、素人に近いレベルの者を伴いながら戦うのは、相当不利である。


クレマンはドニより経験は積んでいる。

立ち回りも上手いかもしれない。


しかし年齢がネックとなる。

個人差はあるものの、60代後半で万全に動けるとは考えにくい。

加えて、恩義あるエレーヌとアンナの肉親である。

注意に注意を重ね、物言いや対応を慎重に、万全にやらねばならない。


すぐに答えは出た。


「村長」


「な、な、なんでえ……」


リオネルに再三再四注意され、先ほどの説得もあったせいなのか……

いつもは強気なクレマンのトーンは、さすがに数段落ちている。


「この先が洞窟なんですよね?」


「あ、ああ、そうだ」


「多分、そこがオークの『巣』でしょう。その洞窟を隠れて見下ろすような場所はありますか?」


「隠れて見下ろす? あ、ああ洞窟は、高さ10mちょいの丘の下にある。丘のてっぺんには登れるぞ」


洞窟が高さ10mちょいの丘の下?


クレマンの話を聞き、リオネルは「にやっ」と笑う。

ゴブリン渓谷の討伐作戦を応用して使えるかもしれない。


「よし、丘の上からオークを攻撃しましょう」


「丘の上?」


「ええ、村長はどう思います? 丘の上から、奴らへの攻撃は可能だと思いますか?」


「う~ん、分かんねぇな、考えた事もないからな、何とも言えん」


「そうですか、ダメならまた別の方法を考えます」


そうこうしているうちに、オークどもは約200mの距離にまで接近していた。

木々の遮蔽もあり、まだ姿は見えない。


「村長、奴らもう近くまで来ました」


「お、おう、そうか」


「俺を信じてください」


「あ、ああ」


「そこの木陰に隠れましょう。落ち着いてください。そして俺からは、絶対離れないでくださいよ」


いつの間にか、立場が逆転していた。

今度は背を向けたまま、リオネルがクレマンへ指示を出したのである。

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