第55話「そっと渡したお弁当」
エレーヌが嘆くように、クレマンは本当に頑固であった。
そして、とことん意地を張り通すタイプなのだろう。
それゆえ自分の意のままにならず、大嫌いな冒険者と結ばれ……
子供までもうけてしまった『ふしだらな愛娘』エレーヌが許せない。
そして世間知らずなエレーヌを騙し、『かどわかした不埒者』と信じ込む彼女の亡き夫を……
いまだに許す事が出来ないのだ。
エレーヌの夫がもう2年前に亡くなり、アンナという可愛い孫まで居るというのに。
以来、クレマンは冒険者というだけで憎悪の対象とし、不信と怒りと罵倒をぶつけて来た。
リオネルがエレーヌとアンナを助けても不信と怒りと罵倒をぶつけた。
村に害為すオークを討伐するというリオネルの好意を足蹴にし、
信用ならないと、少年ドニを監視役につけようとしたのだ。
しかし外道だと信じたリオネルに正論で諭されると、クレマンは、ドニを監視役につける事を諦めた。
「勝手にしろ!」の捨て
何と! 今度は「自分がついていく」と宣言。
村周辺の探索、オーク討伐に自身が同行する事となったのである。
想定外の展開となってしまった。
リオネルは、いつものように『ぼっち』……
否、単独でオークを捜索し、討伐するつもりであったから。
リオネルが改めてクレマンを観察すれば……
年齢は60代半ば、否、70歳近いかもしれない。
一見、日焼けをしてたくましい。
だが、常識的に考えれば老人であり、肉体はとうに衰えている。
ドニよりは老練で経験は積んでいるだろうが、身体捌きから武技も素人に近いと見た。
魔法も全く使えないというから、リオネルにはやはり『足手まとい』なのである。
しかしリオネルは、つい正義感にかられ、言ってしまったのだ。
「村長、彼に何かあった場合、俺は責任が取れないから言っているんです。もしも、どうしてもとおっしゃるのなら、ご自身がついてくれば良い」と。
まさに売り言葉に買い言葉、
「じゃあ! リオネル! おめえの言う通りにしてやらあ! ワシがお前と行く! なら文句はないな!!」
そのやりとりを自警団団長であるクレマンは、ドニは勿論、既に起床していた団員10名余へ伝えた為、あっという間に、「クレマン出撃」が村中へ伝わり……
「村は大騒ぎさ!」となってしまった。
頑固なクレマンであったが……長きに亘り、しっかりとアルエット村をまとめ、
領主とも折り合いをつけ、円滑に運営して来たのである。
村民が皆、頼りにしていたのはいうまでもない。
さすがに……
リーダーたる村長に、万が一の場合があったらヤバイ!
慌てたドニが、そして同行を告げられた自警団の村民達が交代を申し出たが……
意固地なクレマンは頑として受け入れなかった。
「おい、お前、村長を止めてくれ!」
「そうだ、そうだ!」
「頼む! 万が一何か、あったら大変だ」
とドニを含めた自警団員がリオネルに懇願するが……
議論の果ての結果なので、クレマンを説得出来る自信はない。
一方、愛娘、愛孫のエレーヌとアンナは、
「止める事ないわ、リオネルさん! 村長が失礼だし超頑固! 少しは怖い思いをして懲りた方が良い薬よ!」
「そう! 村長は懲りた方が良い薬!」
と呆れ、怒りが収まらない始末である。
しかし!
……それは表向きであった。
ず~っと辛くあたられても、エレーヌはやはり実の父が心配らしい。
騒ぎが小康状態となった時……
「こそっとこそっ」と近づき、小さな声でリオネルへ耳打ちする。
「リオネルさん、無鉄砲な父を、守ってやってください。たったひとりしか居ない私の父なんです。アンナの祖父なんです。何卒! 何卒! 宜しくお願い致します」
そして、エレーヌは、リオネルへ小さな包みを渡して来た。
「……それとこれを持って行ってください。父の分のお弁当です」
エレーヌはリオネルに渡したのと同じ弁当を父の為、急いで作ったらしい。
そんな母を見るアンナも、リオネルに辛そうな、すがるような視線を向けていた。
これは……3人が和解出来る可能性がある。
そうリオネルは感じた。
だが、エレーヌとアンナ、クレマンを和解させるのはオーク討伐の後だとも考えた。
そうこうしているうちに……
「待たせたな! 行くぞ、若造!」
クレマンが着古した革鎧姿で、腰から太めの『こん棒』を提げ、やって来た。
一旦、帰宅し着替え、『フル装備』で来たようである。
ダメもとで……
一応リオネルは、クレマンを止めた。
可能性は限りなく低いが、同行をやめてくれたら、ラッキーくらいの気持ちで。
自分が、結果的にクレマンを追い込んだという後ろめたさもあったからだ。
「すんません、村長。俺から散々ふっといてなんですが、危ないから同行して頂くのやめません?」
……等々、30分ほどかけ、言葉を尽くし説得しようとしたが……
「バッカヤロ! あそこまでてめえで論破しておいて、今更ふざけんじゃねえ!」
と、案の定、火に油で思い切り怒鳴られ……
ふたりはやはり、一緒に出発する事となったのである。
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