第54話「なら文句はないな!!」

「誰?」


乱暴にノックされた扉へ向かい、エレーヌが声をかけた。


「ワシじゃ! クレマンじゃ! 早う開けんか! あいつが来とるのだろう?」


扉をノックしたのは村長のクレマンであった。


リオネルの『索敵』にはクレマンともうひとり……門番をやっていた少年ドニの気配が捉えられていた。

クレマンが憎々しげに言う『あいつ』とは……リオネルの事に違いない。


対して、扉を開けず閉め切ったまま、エレーヌはむっとして答える。


「……お断りします」


「な、何!?」


「今、何時だと思ってるのですか? 朝っぱらから押しかけて来て、乱暴に扉を叩き、用事も告げずにいきなり開けろなどと……いくら村長でも従えません!」


エレーヌは、扉を開ける事をきっぱりと拒絶した。

昨夜のやりとりもあったのだろう。

クレマンはいら立ちを隠さない。


「む~……エレーヌ! ワシの命令が聞けんのか! 反抗期の小娘ではあるまいし、いい加減にせい!」


クレマンの叱責を受けたエレーヌが、悪戯っぽく笑う。


「うふふ、小娘ですからあ! 何をおっしゃっているのか、全く分かりませ~ん!」

「小娘ですからあ、分かりませ~ん!」


エレーヌが言い、アンナが復唱する。

母娘の息はピッタリである。


このままでは、自分が原因で話が大きくなり、新たなトラブルの種となる。

それは宜しくない……

苦笑したリオネルが、クレマンへ問う。


「あの~、村長。もしかして俺に用事ですか?」


「そ、そうだ! リオネル! お、お前に用事だ!」


「……じゃあ、開けましょう。構わないですか? エレーヌさん、アンナちゃん」


「リオネルさんが良いのなら」

「リオにいちゃんが良いのなら」


「じゃあ、俺が開けます」


リオネルはそう言って椅子から立ち上がると、移動し、扉を開けた。


……外にはクレマン、そしてやはり、門番をやっていた少年ドニが立っていた。


「お話とは何でしょう? 場所を変えて、俺が泊めて貰っている家へ行きますか?」


「いや、ここで立ち話で良い。リオネル、お前、村の周辺を探索してオークが居たら、倒すんだってな? 昨夜エレーヌからはそう聞いたぞ」


「ええ、そうする予定です」


「ワシが言う事はふたつだ。村から討伐依頼は出しとらんし、もしもお前がオークを倒しても、討伐料は一切払わんぞ」


リオネルがオーク討伐を申し出たのは、エレーヌとアンナの為である。

「またオークに襲われるのでは……」という、

ふたりの心配と恐怖を少しでも解消したいと考えたからである。


リオネルの、そんな思いやりと好意を、母娘は理解していたようだ。


しかしクレマンは相変わらずの傲慢な物言いをした。


それゆえ、エレーヌの表情に不快の影が射す。

当然、アンナも追随する。


「村長! あまりにも失礼でしょう!」

「すっごく失礼でしょう!」


「うるさい!」


「うるさいって、何よ! 頑固じじい!」

「頑固じじい!」


「あんだとお!」


娘と父、孫と祖父……

血のつながった肉親同士の激しい言い合い。


リオネルは話の間へ入る。


「あの、俺が勝手に探索して勝手にオークを倒しますから。村からお金は頂きませんのでご心配なく。それに冒険者ギルドから、公式のオーク討伐依頼を受諾していますから、全く問題ないです」


「ぬ~! リオネル! な、何だ、それは!」


「という事で、宜しいですか、村長」


「う、うるさい! それともうひとつだ! ワシは村の自警団団長も兼任しておる! よって、自警団から手助けをつけてやる。お前ひとりじゃ頼りない ! だからコイツを連れて行け!」


クレマンは、「くいっ」とあごでドニを示した。


「村長! めんどくさいですよ! ほっときましょうよ、こんな冒険者!」


眉にしわを寄せ、仏頂面で立つドニ。

クレマンに無理やり連れて来られ、いかにも嫌々という雰囲気。

所在なさげに立っていた。


『手助け』としてドニを連れて行くと、クレマンは言うが……

実際は、リオネルの『監視役』としてつけるという事であろう。


しかしリオネルがドニを見たところ、『腕っぷしだけは少し強そうな村の少年』としか感じない。


徹底的にギルドの教官から戦闘指導を受けたリオネルには分かる。

革鎧を着込み、安価な鉄の剣を腰から提げてはいるが……

ドニは身体の鍛え方、捌きなどから、武技や格闘の経験も乏しそうである。

連れていけば、戦力にはならず、むしろ『足手まとい』になるであろう。


リオネルは少し「言い方を考えた上」で丁重に断る。


「いえ、せっかくのお申し出ですが、お断りします。ドニの命を守りながら、オークどもとは戦えないんで」


リオネルの物言いを聞き、「馬鹿にされた!」と思ったのだろう、ドニが激高する。


「んだとぉ! ごらあ! くそ冒険者! この俺が足手まといだと言うのかあ!」


「いえ、俺は未熟なんで、余裕がないんですよ」


リオネルとドニのやりとりを聞き、クレマンが焦れた。

思わず本音が出る。


「ドニ! お前、リオネルと一緒に行って、コイツが悪さしないか、よ~うく見張っておけ! 村長命令だ!」


「うう、何だよ、もう!」


ドニは、本当に嫌そうである。

エレーヌとアンナもさすがに怒った。


「村長、いい加減にして! 本当に失礼! 最低ですよ! 悪さなんかするわけないでしょ! リオネルさんは村の為にオークを退治してくれるのよ!」

「そうだあ! 村長! 最低だあ! いい加減にしてえ!」


「う、うるさいっ! だ、黙れぇ!」


怒鳴り返すクレマンへ、リオネルは言う。

あくまでも丁寧に。


「村長、ドニに何かあった場合、俺は責任が取れないから言っているんです。もしも、どうしてもとおっしゃるのなら、ご自身がついてくれば良い」


「な、何!」


「ご自身が実行不可能な事に対し、いろいろと前向きなご意見をおっしゃるのは構わないと、俺は思います。ですが、弱い立場の者へ無理やり実行を強制するのはいかがなものかと思います」


「ぬう!」


「わ~、正論! リオネルさんの言う通りよ!」

「そうだ! そうだあ!」


「うぐぐ……お前ら、何かにつけて理屈をこねおってぇ……勝手にしろ!」


娘と孫に責められ、リオネルからは筋が通った意見を告げられ……

腕組みをしたクレマンは不貞腐れて、バツが悪そうに、「ぷいっ!」と横を向いてしまった。


そんなクレマンを見て、やれやれという感じで、リオネルは苦笑。


「……話は決まりましたね。じゃあ、俺は単独でオーク討伐へ行きますから」


しかし、横を向いたまま、クレマンが吠える。


「おら! 待て! リオネル!」


「村長、何でしょう?」


リオネルが尋ねれば、


「じゃあ! リオネル! おめえの言う通りにしてやらあ! ワシがお前と行く! なら文句はないな!!」


朝早いアルエット村に、クレマンの『だみ声』が大きく響いていたのである。

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