第53話「結婚すれば良いんだよぉ!」
翌朝、リオネルはアンセルムの宿屋で暮らしていたいつもの通り……
常人より遥かに早い、午前3時半過ぎに起床。
今日は村周辺の探索を行い……
もしもオークが居たら、状況にもよるが掃討しようと考えていた。
その話を昨夜、エレーヌとアンナには告げている。
身支度をして、荷物の整理をしていたら……
午前4時30分過ぎにアンナがひとりでやって来た。
アルエット村の造りはソヴァール王国では良く見られる、武骨な丸太製の外壁に囲まれた、小さな砦のような仕様である。
基本的には安全な村内ゆえ、早朝8歳の女の子がひとりで出歩いても問題は起こらない。
「リオにいちゃん、昨夜約束した通り、迎えに来たよぉ! ウチで一緒に朝ごはん食べよ!」
そう、アンナは今朝彼女の自宅において、
母エレーヌと3人で朝食を摂ろうと、リオネルを迎えに来たのだ。
「手をつなご!」
アンナは手を差し出して来た。
リオネルは差し出したアンナの小さな手を、気を付けて柔らかく握り、ふたりは歩いて行く。
「リオにいちゃん……ママ、凄かったよ」
「凄かった?」
「うん、すぐ村長の家へ行って、リオにいちゃんは当分村で暮らします! って、きっぱり言ったの」
クレマンは実の祖父なのに村長と呼ぶアンナ。
そして俺が「当分暮らす」とは、どういう意味?
しばらく……いう話だったのに。
いろいろと気にはなったが、リオネルはエレーヌと村長の『
「……それで?」
「うん! 村長が何だとぉ!とか怒鳴って、許さん!とかも言ったのよ。でも、ママは村民を救った命の恩人を追い出して、村の評判を落としても良いの? って、びしっと言い返して、OKさせちゃった」
「うお! エレーヌさん、凄いな」
「うふふ、だからアンナの言う通りだよ。ママって凄いでしょ?」
そんな話をするうち、エレーヌとアンナの家に到着する。
家の前ではエレーヌが待っていた。
「いらっしゃい、リオネルさん、待ってたわ♡」
「すいません、こんなに朝早くから、俺が出かけるって言ったから」
「いいのいいの、村の為に働いてくれるんだもの! 全然構わないわ。それにウチの村は農村よ、皆朝が早いの」
にっこり笑ったエレーヌ。
まさに慈母という彼女には、実父に逆らい、説き伏せてしまう剛直な面も持っている。
ナタリーやいろいろな女子と会話を交わし、女子の不可思議さに触れたリオネルであったが……
エレーヌはまた違うタイプだと思う。
『母』としての強さかもしれないとも感じる。
「さあ、中へ入って! すぐ朝ごはんにしましょ!」
つらつら考えるリオネルをエレーヌは促し、
手をつないだアンナは「ぐいっ!」と引っ張ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
エレーヌ宅は、母娘ふたり静かに暮らしているという感があった。
調度品は全て造りが質素で、頑丈そうなものばかりである。
大きなテーブルに、椅子が3つ。
テーブルの上に、料理と飲み物が並べられた。
昨夜の夕食同様、3人で摂る朝食は美味しく、楽しかった。
エレーヌとアンナは、やはりリオネルの持ち込んだ紅茶を大いに気に入ったようだった。
紅茶は余分に買ってある。
リオネルは、1か月間毎日飲めるくらいの茶葉を、エレーヌとアンナへ分けてあげた。
ふたりがとても喜んだのは言うまでもない。
朝食のメニューは、夕食とあまり変わらない。
黒パン、大きなチーズ、数種類のドライフルーツ。
飲み物は新鮮な牛乳。
リオネルが用意したライ麦パン、ウサギの肉、紅茶。
以上に、エレーヌが自宅で調理した野菜スープ、スクランブルエッグが新たに加わったくらいだ。
基本アルエット村の食事はあまり変わり映えしない。
食材の種類は多いが、毎日毎回、同じようなものを食べている。
しかしリオネルはさして不満がない。
好き嫌いがない上、同じ食材、メニューを続けて食べても全然平気なのだ。
元気よくにこにこと食事を摂るリオネルを見て、エレーヌとアンナは、ますます好ましく感じたらしい。
「リオネルさん! アンナと一緒に作った朝食が余ったから、お昼用のお弁当にしておくわ! 持って行ってね」
「うふふ、ママと一緒に作ったの! 持って行ってね!」
「ありがとうございます! 頂きます!」
ここでつい魔が差したというか……
エレーヌはつい禁断の質問をしてしまう。
「強いし、真面目だし、リオネルさんって、女子に『もてる』でしょ?」
「い、いや全然ですよ」
「うそうそ、告白したら女子は皆OKって言うわよ」
エレーヌからそう言われ迷ったリオネルだが……
正直に言う事にする。
「い、いえ……実はダメでした」
意外?ともいえるリオネルのカミングアウト。
エレーヌはびっくり。
「え? 実はダメ? そ、それって……」
「はあ、俺、王都を出発する寸前に振られました、思いっきり」
ず~んんんん!……と部屋の中に重い擬音が聞こえて来るような雰囲気。
さすがにまずいと、エレーヌは焦る。
「わああ、……ご、ごめ~ん!」
「いえいえ……大丈夫っす」
という会話を、リオネルとエレーヌが交わすのを聞いていたアンナ。
にっこり笑い、ポンと手を叩く。
「うふふ、リオにいちゃん、私、良い事思いついた!」
アンナの思いついた良い事って何だろう?
「え? 良い事?」
すると、いきなり幼女が『直球』を投げ込んだ。
「うん! リオにいちゃん、ママの事どう思う? 美人だし、おっぱいすっごく大きいでしょ?」
「ぶっ!? え、ええっとお……び、び、美人ですう!」
「こ、こらあ! アンナあ!」
返すコメントに困り、焦るリオネル。
同じく、真っ赤になるエレーヌ。
ここで更に更に!
幼女は、ドが付く『豪速球』を投げ込んだ。
「うふふ! ママがリオにいちゃんとラブラブになって、結婚すれば良いんだよぉ! それで3人一緒に暮らすんだあ! 決定ぃぃ!!」
「「え~~~っっっ!!!???」」
エレーヌ宅に、若い男女の驚きの声が響いた、その時。
どんどんどん!
どんどんどん!
誰が訪ねて来たのか、扉が乱暴に叩かれたのである。
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