第75話「またですかあ!」

リオネルがエレーヌとアンナ、クレマンへ申し入れて『3日後』に、

正式にアルエット村を出立する事が決まった。


早速、全村民に告げられ……何と! 全員が大反対した。

代わる代わる、リオネルが宿としているクレマンの別宅へ、

「考え直して欲しい」と申し入れが殺到したのである。


もしくはクレマンへ直接、「村長権限で強制的に引き止めを!」と、懇願もあった。


中には、エレーヌへ遠回しに、

「だいぶ年下だけど、命の恩人のリオネルとくっつけば、い~じゃないか! 彼に懐いているアンナちゃんも喜ぶしさあ……」

などという、とんでもないお節介もあった。


特に『兄貴』と慕う門番ドニと村の少年達は身体を張って反対した。

リオネルが宿泊する別宅やクレマン宅前に座り込みまでした。

彼らは、アルエット村の為に尽くすリオネルを見て、ともにこの村で生きて行きたいと熱望したのある。


大勢の引き留めを受け、リオネルも大いに迷った。

アルエット村に残るか、否か、本気で考えた。


村で暮らす日々はとても穏やかであり、村民は皆優しい。

全員が家族のように温かく接してくれたからだ。


しかし、熟考の末……リオネルの意思は変わらなかった。


「広い世界を見たい」「自分の可能性を見極めたい」

という熱い思いを捨て去る事は出来なかったからだ。


結局諦めたドニ達であったが……

『兄貴』リオネルの為『送別会』を提案し、全村民が賛成。

出立前日の夜に実施される事となった。


……そして、出立前日の夜……

アルエット村の小さな中央広場において、リオネルの『送別会』が盛大に開かれた。

送別会ではあったが……飲めや歌えや、踊れやという内容で、村民達は一体となった。


そしてクレマンからは……

「リオネル・ロートレックさんを、『アルエット村名誉村民』とする。希望があれば領主様へ申請し、正式な住民として移住を認める」と通達もされた。


また、クレマンからは今回もろもろの謝礼として、

彼のポケットマネーから、当初の30枚より多い『金貨50枚』が支払われた。

リオネルは固辞したが、クレマンは笑顔で強引に、リオネルに受け取らせた。


「いつでもアルエット村へ遊びに来てください、いつでも移住を受け入れます」と、

重ねてクレマンから言われ、村民達からは大きな歓声と拍手も湧き起こった。


歓声と拍手が鳴る中で……リオネルは深く感動している。

父、兄達からは、「出て行け!」「消えろ!」と見捨てられた時……

自分はこの世界には不必要な――『要らない人間』なのだと思っていた。


しかし、様々な経験を積み……

リオネルは、価値観が偏った『とても狭い世界』で生きていた事を知った。

様々な価値観がある『とても広い世界』へ出ると全く違ったのだ。


宿の主アンセルムが、ナタリーを始めギルドの女子職員達が、

知り合った冒険者達が……「お前が必要だ」と言ってくれた。


そしてひょんな事で巡り合った、エレーヌ、アンナ、クレマン、

そしてドニ達アルエット村の村民全員が、リオネルへ「共に暮らそう」と言ってくれた……


アンセルムの宿、このアルエット村……

「俺には、必要としてくれる人々が居る」「帰れる場所がある!」


……そう思うと凄く嬉しかった。


大いに盛り上がった送別会終了後……

リオネルは、エレーヌとアンナ宅へ呼ばれた。


姿勢を正し、ひどく真剣なエレーヌとアンナ。


エレーヌが言う。


「リオネルさん、私達母娘をオークどもから、救ってくれて本当にありがとう! そして過去の呪縛からも、貴方は解き放ってくれたわ!」


過去の呪縛とは……亡き夫を失ったエレーヌの過去、辛く哀しい思い出だろう。

そして、父との長かった確執。

彼女は……晴れやかな笑顔で再び「本当にありがとう!」と言ってくれた。


「いえいえ、こちらこそ……俺はおふたりに、家族のぬくもりを改めて教えて頂きました。本当に感謝しています。ありがとうございました」


対して、リオネルはそう言い、自分は母娘の役に立つ事が出来たと、改めて実感する。


そんなリオネルを、エレーヌはじっと慈愛を込め、見つめていた。

もしかしたら……クレマンから、リオネルの事情を聞いたのかもしれない……


そしてアンナは、


「リオにいちゃんには、助けて貰ってとっても嬉しかった! アンナのパパになって欲しかった!」


と、うるうるした瞳で、リオネルの心に効き過ぎる精神攻撃をかけて来た。

ダメージが大きいが、アンナのパパ……という事は、エレーヌと結ばれるという事。


エレーヌは美しく素敵で好ましい。

だが……彼女に対して、さすがにリオネルに恋愛感情はない。


更にアンナは可愛く頬をふくらませ、ジト目をし、


「私は、優しくて強いリオにいちゃんが大好きなのにっ! ママがいけないんですからねっ!」


と、ねる。


「アンナ……」


苦笑するエレーヌを軽くにらみ、アンナは言う。


「アンナとママは話し合ったの。ふたりが大好きなパパは……天国へ行ってしまった。でもでも! アンナにもママにも、これから寄り添って、一緒に生きてくれる人が必要なの……絶対に必要なの。アンナはそう思う……でも、ママはパパを愛してる。ママはパパ以外に愛せないの」


おしゃまなアンナは、母エレーヌが思っている以上に『大人』だった。

子供ながら、冷静に真剣に、これからの暮らしを、未来を考えていたのである。 


……母娘はじっくりと話し合ったようだ。


リオネルは真面目で優しい。

健康で強い。

一緒に過ごしてみて、母娘両名ともに相性が良い事も分かった。

そしてクレマンを含め、全村民とも上手く行くくらい、協調性もある。

頼りになるから、一家の大黒柱になってくれるのは間違いない。


でも、人間は理屈で割り切れない場合も多い。

エレーヌは亡き夫への愛を、思い出を大事にしている……


「……ごめんね、アンナ」


「ううん、もう良いの」


「しょんぼりする」アンナに謝ったエレーヌ。

向き直り、リオネルへ言う。


「でもね! 誰が何と言おうと、私が保証するわ。リオネルさんはとてもカッコイイ男の子よ、自信を持って! 卑屈になっちゃ絶対にダメよ!」


「はあ、カッコいいなんて言われたの、生まれて初めてですよ。ほめてくださって、ありがとうございます」


ナタリーがセッティングしてくれた王都の送別会で、参加した誰かに、

「かっこいい!」と言われた気もするが……場の勢いで言われた感もある。


エレーヌに言われた今回が初めて……という事で構わないだろう。


「本当よ。それにね、リオネルさんは18歳でしょ。出会った頃の夫に、年恰好も含め、良く似ているの」


「そ、そうっすか」


「夫はね、とても希望と夢に満ちた人だった。だから私……大きな夢と希望を持って、旅立つリオネルさんを止めなかったの」


「そう、だったんですか……」


「うん! 私、リオネルさんに、思い切り、ときめいちゃったわ!」


「お、俺に? 思い切り!? と、と、と、ときめいた!? で、ですかっ!」


何故か変に、エレーヌに持ち上げられるリオネル。

これは……もしやと、嫌な予感がしないでもない。


と、思ったらやっぱり『お約束』が来たあ!


「でもねぇ、リオネルさんって、私とは年齢差もあるし、どうしても可愛い『弟』にしか思えないのよ」


「はあ!!?? か、か、可愛い弟ぉ!? 俺、また『弟キャラ』なんですかあ!」


「え? また弟キャラって? リオネルさん、それ何? 凄く動揺しているけど?」


「な、な、なんでもありませ~んっっ!!」


あの時の悪夢が再び……!?


思わず叫んだリオネルは、慌てて誤魔化ごまかしたのである。

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