第70話「転んでもただは起きぬ」
アルエット村近郊の洞窟、最奥に潜んでいたのは……
オークの上位種『オークカーネル』であった。
リオネルが得た知識によれば、『オークカーネル』のレベルは『35』オーバー。
単純な数字だけ比較しても、ノーマルオーク『レベル15』の倍以上。
一説によれば、3倍にも迫る能力を持つという強敵である。
但し、レベル50オーバーといわれるオークの最高位『オークキング』
同じくレベル40オーバーの『オークジェネラル』ではない事は幸いだったといえよう。
もしもこの2体であれば、今のリオネルがまともに戦い、勝つというのは、絶対に無理ゲーである。
ぼっちのひとりでは、尚更だ。
いくら諦めず、くじけずといっても、100%以上勝ち目のない戦いは別なのだ。
無理は禁物。
機を探す為、勇気ある撤退も時には必要である。
『守るべき存在』がある場合は、なおのこと。
一旦退き、アルエット村へ戻り……作戦を根本から変えねばならないだろう。
最悪のケースにならず、ひとまず安堵したリオネルが考えながら見ていると、
ぐはああああああっっっ!!!
いきなり『オークカーネル』が吠えた。
リオネルへ、怒りと空腹が混在した波動が伝わって来る。
やはりコイツが、おぞましい殺意の波動を送り、リオネルを挑発、
そして「この洞窟へ来なければ、人間を皆殺しにする」と脅迫して来た奴なのだろうか?
確かめるか……
リオネルが決め、アクションを起こそうとしたその時!
『フン! コノヒカリハ……ウム、キタカ、マホウツカイ!』
リオネルの心に昨日の波動……声が響いた。
ビンゴ!
……やはりコイツだった。
怖ろしい波動を送り、脅迫して来たのは、この『オークカーネル』だったのである。
『ああ、来てやったよ』
リオネルも心で言葉を返した。
さすが上位種、魔力を抑え、気配を消し、足音を忍ばせても、
魔導光球のわずかな光で、接近を気付かれていた。
オークカーネルは勝ち誇り告げる。
リオネルを格下だと見抜き、歯牙にもかけないという雰囲気だ。
『ナカマヲ、クウトオドシタラ、ノコノコト、キヤガッタ。ニゲレバイイモノヲ!』
『はあ? 仕方ないだろが! お前みたいな外道を倒さず、放って逃げるわけないだろ!』
『フン! ニンゲンハ、オロカダ! ジブンヨリ、タニンヲ、ナカマヲダイジニシ、シヌ! オマエモソウダ! トンデモナイ、オロカモノダ!』
『ああ、俺は愚か者で結構、コケコッコーだよ。それよりお前に聞きたい事がある』
『ナンダ? ドウセオマエハ、オレニクワレテシヌ、シッテイルコトハ、オシエテヤル!』
『ははは、じゃあ教えてくれ。お前はどうして俺と心で話せる? もしや念話か?』
リオネルが言う念話とは、高位の魔法使いが行使する心と心、魂同士の会話である。
当然、リオネルは使う事など出来ない。
『ハハハ、ソウダ! ネンワヲツカイ、オマエト、ジジイノ、ココロヲヨンダ。ソノウエデ、オマエヲオドシ、ココヘヨビダシタノダ』
『ふん、やっぱりそうか。会った事もない人外のお前なのに、やけに俺達の事情に詳しいと、不思議に思ったよ』
オークカーネルは、リオネルの心、クレマンの心を念話で盗み読んだ。
そしていろいろな事情を知り、リオネルを脅し、この洞窟まで誘い出したのである。
『ハハハハハ! ニンゲンノ、ソウルセキュリティナド、オオアマダ!』
『へえ、ソウルセキュリティ……そうかい!』
『ハン! ニンゲンノ、ココロナドハ、スグヨメル! オマエモ、アリガタクオモエ! オレガ、ハナシカケタカラコソ、ネンワガツカエルノダゾ!』
オークカーネルの言う通りかもしれない。
念話が行使可能な術者が話しかけると、念話の波動が調整され、相手からも話す事が可能であると言われる。
但し、術者が念話を終了させると遮断されてしまい、全く話せなくなる。
オークカーネルは偉そうにして、リオネルを見下し、更に恩を着せているのだ。
『そりゃ、どうも!』
苦笑したリオネルは、再び尋ねる。
昨日、疑問に思っていた事である。
『だが、昨日お前は、どうして洞窟の外へ出て来なかった? 仲間を見捨てたままにしただろ?』
昨日どうしてこの『オークカーネル』が出張らなかったのか……
謎もすぐに解けた。
『ハッ。ヤツラナド、ショセン、ツカイステダ。……ソレヨリ、ジックリマッテイタノダ』
『それより、じっくり待っていた……だと?』
『アア! サッキ、ヤット、シンカガオワッタ。オレハ、サラニ、ツヨクナッタ! マホウツカイ、ヨワイオマエナド、カクシタダ!』
更に強くなった?
オークの上位種もオークキング以下、何種類も存在する。
コイツ、オークオフィサーあたりから『進化』し、バージョンアップしたという事か?
『進化真っ最中』だったから、昨日出張って来なかった。
そして多分、魔導発煙筒も配下へ命じ、踏みつぶしたんだ。
「つらつら」考えるリオネルへ、オークカーネルは言う。
『イヤ! マダマダダ! オレハ、モットモットシンカシ、ツヨクナル! ソノタメニ、マリョクノ、カタマリデアル、カクシタノオマエヲクウ! ゼッタイニクラウ!』
絶対に食らう?
格下の俺を?
魔力の塊なんだ? 俺って。
ふ~ん、そうかい。
俺は負けて喰われる……って、そういう事か?
だが、断る!
『あほか! そんなんOKするわけないだろ』
『ハ! オマエノ、ツゴウナド、マッタク、カンケイナイ! オマエヨリモツヨイ、コノオレガ、クイタイ! ダカラクラウ!』
あはは、お前の都合など関係ない、か。
良く居るよな、人間にもこういう勝手な人は。
オークにも居るんだ、こういう本能の塊みたいな奴。
いや、……オークは元々欲望にまみれた『本能の塊』だっけ。
でもさ、「目には目を歯には歯を」とか、「因果応報」って知ってる?
後は、「人を呪わば穴ふたつ」とかさ。
苦笑したリオネルはそれらのことわざを、オークカーネルへ投げつけてやる。
対してオークカーネルは知ってか知らずか、「フン!」と馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
と、その時。
チャララララ、パッパー!!!
リオネルの心の中で、独特のランクアップファンファーレが鳴り響き、
内なる声が告げて来る。
チートスキル『見よう見まね』の効果により、
特異スキル『念話』を100%習得しました。
……念話の経験をオークカーネルとの会話により『習得必要値』まで積みました。
チートスキル『エヴォリューシオ』の効果により、
特異スキル『念話ハイレベル』を習得しました。
えええ?
おいおいおい!
チートスキル『見よう見まね』の効果で、
特異スキル『念話』を習得!?
そして、チートスキル『エヴォリューシオ』の効果により、
特異スキル『念話ハイレベル』習得って!?
おいおい!
習得していきなり『進化』させたのかあ!?
この土壇場で!?
念話をよぉ!
そんなリオネルの驚きの波動を読み取ったのだろう。
オークカーネルは驚愕する。
『バ、バカナ! ナゼ、オマエガ、ネンワヲツカウ!?』
『おいおい、今の俺の心を早速読んだのか? じゃあ、今度は心を読む前に言っておいてやる』
『ナ、ナンダト!?』
『俺の大好きなことわざ、俺の今の気持ちだよ! ……転んでもただは起きぬ……てな!』
『ナ、ナニィ!? コロンデモ!? ……?????』
ご存じかもしれないが、補足しよう。
転んでもただは起きぬとは……
失敗した場合でもそこから何かを得ようとする。
または、根性のある人の例えである。
リオネルが、そう感じるのも無理はない。
勝てそうもないオークカーネルに遭遇し、開き直って覚悟を決めたリオネルであったが……
そのオークカーネルに散々脅されたせいで、特異スキル『念話ハイレベル』を習得したのだ。
しかし!
そんな人間の『ことわざ』が分かるはずもなく……
オークカーネルの頭上には?マークが飛び交っていたのである。
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