第59話「村長の涙」
オーク5体を
もはや隊列を完全に入れ替え、先頭に立ち、村長のクレマンを従えるような形で進んでいた。
念の為、索敵をより強力にしたが、気になる反応はない。
しばらくは安全だ。
リオネルが前を向いたまま、背後のクレマンへ声をかける。
「村長、歩き詰めで疲れたでしょう?」
完全に立場が逆。
主導権が入れ替わっていた。
無理もない。
圧倒的な能力を見せたリオネルに『けんか腰』で逆らえば、見捨てられるかもしれない。
見捨てられたら、オークが
そんな死に方は……無駄死にだ!
クレマンは、それくらいの常識的な思考は持っていた。
「は、はあ……まあ、少し」
「じゃあ、そこにじっとしていてください」
「え、じっと? は、はい……」
クレマンが「意味が分からない?」と不可解な顔付で返事をすれば、
リオネルは、周囲に注意しながら振り向いた。
ピン! と指を鳴らす。
『治癒!』
リオネルは心の中で念じ、回復魔法の初歩、『治癒』をかけた。
指を鳴らしたのはあくまで気分である。
回復魔法『治癒』は体力の10%ほどしか回復しない。
だが、こまめに使えば体力の消耗を防ぐ。
メンタルも多少ケアする効果がある。
効果はすぐ、クレマンの心身に表れた。
「お、おお! これは凄い! 何だか、身体がとても軽い! 気分も思い切りすっきりした!」
「大丈夫っすか? まだ足りないようだったら言ってください」
「い、いや! 全く問題ないです。あ、ありがとうございます!」
この治癒行為が幸いした。
けして小賢しい計算をしたわけではない。
だが、リオネルとクレマンの心の距離が著しく縮まった。
頑固なクレマンはリオネルに対しては侮蔑から始まり……
少しだけ心を許し、畏怖の念を経由し、今、完全に心を開いたのである。
言葉遣いが丁寧になり、温かい波動がリオネルの心へ伝わって来る。
「リオネルさん、も、もう間もなく洞窟です」
「分かりました、村長……奴らの気配はそこそこ感じます。だが、強くはありません。洞窟って深いんですか?」
「あ、ああ。奥まで入った事はないのですが……大昔入った村民の話は聞きました。相当深いそうです」
「成る程、じゃあ奴らは多分、洞窟の相当奥に居るんでしょう、これはチャンスですね」
「チャンス?」
相変わらず、クレマンにはリオネルの考えている事、思惑は分からない。
だが、底知れぬ実力と感じたリオネルに、任せるしかない。
「ええ、今のうちに『調査』を終わらせておきましょう」
そうこうして、リオネルとクレマンは『洞窟』へ到着した。
10mくらいの小高い丘があり、人が数人一度に通れるくらいの入り口がぽっかりと開いていた。
だいぶ奥深くにオークの反応が数多ある。
最奥か、その手前くらい深い場所だ。
リオネルがそっと中を覗くと、真っ暗で岩がごつごつした空間が広がっていた。
猫の夜目も入り口から10mくらい先までしか見通せない。
リオネルが洞窟の中を覗くのを見て、クレマンは怯えた。
「無理やり連れていかれる」と思ったのだろう。
「もしや! な、中へ! 洞窟の中へ入るのですか?」
「まさか! 村長を連れて入れませんよ」
リオネルの言葉を聞き、クレマンは半分安堵し……
もう半分は老いて『力なき自分』のふがいなさにがっかりする。
「でしょうなあ……ワシは年で足手まといだし、中にはオークがうようよしている。たったふたりだけでは、あっという間に喰われるのがオチですね」
自嘲気味につぶやくクレマンを、リオネルはスルー。
「まあ、洞窟の仕様は分かったから、次は丘の上に登れるか、検証し、確認します」
そうリオネルが言うと、いきなり!
クレマンが自信たっぷりに言い放つ。
「登れます! それは保証しますよ!」
「へえ、そうなんですか?」
「はい! ワシが子供の頃、木伝いに飛び移って、登った事がありますからな。親に隠れ、秘密基地ごっこをしたのです。だが今のワシではそんな真似は到底無理だと思います」
「ははは、そういう大事な事は、最初から言ってくださいよ」
「す、すまない。先ほど、はっきり思い出しました」
「そうですか、ぜひお聞かせください」
「あ、ああ! 丘の頂上は真下が見下ろせて、大人3人くらいなら、寝そべる事が出来たと記憶しています。ええっと……丘の後ろは切り立った崖で、結構怖かった事も……今となっては懐かしい!」
クレマンはバツが悪そうに頭をかいた。
心の距離が縮まったからこそ、教えてくれた『とっておきの情報』に違いない。
この情報はリオネルにとって、非常に有用なものだ。
……クレマンは子供の頃を思い出し、懐かしくなっているのだろう。
目は柔らかく、口元はほころんでいた。
頃合いだ。
リオネルは、考えていた『本題』を切り出す事にした。
「村長」
「な、何でしょう?」
「作戦が決まりました」
「作戦が決まった?」
「はい、その作戦を遂行して、村長を確実に怪我無く村へ連れて帰りますけど……俺へ命を預けてくれますか?」
「い、命を!? あ、預ける!?」
「ええ、ここでオークの群れに大きなダメージを与えた上で、村長を連れ帰る事が出来るのは、俺が考えた作戦以外ありません」
「さ、作戦とは? ど、どんな?」
「申し訳ありませんが、それは俺の秘密にかかわるので言えません」
「ふ~む」
「俺を信じ、出す指示には必ず従って貰えますか?」
「……………」
「作戦の内容は明かせません。ですが、村長の心身の安全を保つよう最大限努力します」
「……………」
「そしてエレーヌさんとアンナちゃんが村長を心配して待つアルエット村に、無事帰還出来るよう最大限努力します」
リオネルがそう告げると、無言だったクレマンが激しく反応した。
「そ、そんな馬鹿な! 何をおっしゃる! エレーヌとアンナが、このワシを心配するわけがない!」
「いえ、心配して待っていますよ」
「ま、ま、まさか!?」
「でも、エレーヌさん、俺に『無鉄砲な父を宜しく頼む』と何度も何度もお願いして来ましたから」
「何度も何度も!? エ、エレーヌが!? そ、そ、それは!? ほ、ほ、本当ですかっ!!??」
「ええ、本当です。村の正門を出る前に頼まれました。アンナちゃんも心配そうにしていましたから、同じ気持ちだと思います」
「お、おおお……おおおおおお……エレーヌ! アンナ! ワ、ワシが悪かった! こ、このワシをっ! ゆ、許してくれぃぃ!!」
いろいろな思いと記憶が押し寄せて来たのだろう……
まさに魂の
大声で叫んだクレマンは感極まって泣き出し、その場に「ぺたん」と座り込んでしまったのである。
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