第34話

「2年振りじゃん」

 2年前と比べるとかなり便数が減少したバスを降りた私に渚はそう告げてきた。

 最初にここを訪れた時にはまだ渚とは再開していなかったはずだけれど、この光景を見て即座に思い出したということは渚にとってもこの場所は印象的だったのだろう。

「そうだ……」

 2年振りにこの町に来ることになった理由を不意に思い出した私はスマートフォンを取り出してある人物に電話をかけた。

「……もしもし?」

『おいコラァ、何時だと思っているんだ?』

 電話の主で私の数少ない友人である東山優美とうやまゆみは電話に出るなり随分と不機嫌そうに応対してきた。

「何時と言われても……12時半を少し過ぎたくらいでしょう?」

『それは、での話だろう? アタシの方はまだ朝の5時半くらいなんだよ』

「あら、そんな時間から起きているなんて流石は世界で戦うスポーツ選手様は健康的ね」

『お前の電話で起きることになったんだよ! で? 何の用事だ?』

「特に用事は無いけど、柏越かしこし町に来たら不意に2年前の優美に対する苛立ちを思い出したからパリとの時差なんて考慮しないで電話してしまったというだけ。そうだ、昨日の試合お疲れ様。相変わらずの『黄色い稲妻』っぷりだったわ」

『試合終わっても連絡くれなかったから見てないのかと思った。もうすぐ命日だし少し早く帰ってきた渚のやつがアタシに手を貸してくれたのかもな。なんて』

 優美が試合後のインタビューでも語っていた事と同じ内容の発言を聞いて私は隣にいる渚を横目で見つめ、冷静にこう告げた。

「それは無い。アイツが手を貸したら優美は絶対オウンゴールしているはずだから」

『懐かしい! そう言えばそんな事あったな。まあそれが最初で最後の渚との試合だったけど』

「貴重な休息の時間を邪魔してごめんなさいね。本当に用件はそれだけだから。じゃあ、次の試合も頑張って。帰って来たら小崎姉妹も一緒にご飯にでも行きましょう」

『そうだな。それじゃ……の前に今、柏越に居るって言っていたよな? アイツの墓参りか?』

「さあて、何のことだか。余計なことに頭を使わないでメダルを獲得することに集中しなさい。国民はあなたに期待しているのだから」

『プレッシャーかけないでくれよ』

「メダルもだけど、フランス土産も忘れずにね」

『はいよ。渚の墓前にも供えられるようなもの買って帰るから楽しみにしていてくれ』

 あちらは早朝でまだ眠いだろうに高校生の時のようなテンションで付き合ってくれた優美との通話を終え、私は放ったらかしになっていた渚と柏越という町が忘れることの出来ない町になってしまった原因となるあの場所へ向かった。



***



「出てくるかな? 津ヶ原つがはらさん」

「彼女の三回忌だから来ただけで、出て来られるのは困る」

「わたしは意外と話せちゃうかも。幽霊同士だし」

「人間同士だった時に話せていなかったのだから幽霊になって急に親しく話せるようになるなんて事は無い」

「それもそっか」

 人気ひとけのない森の中だからと傍から見ればただの独り言にしか見えない渚との会話をしながら道なき道を進み、隠されるように存在する開けた空間へ出た。

「綺麗じゃん」

先本さきもとさんがこの土地全体の管理を引き継いだとは聞いていたけど、ここも綺麗に保って……」

 先本千景さきもとちかげさんという探偵のような業務も行っている何でも屋のお姉さんによる行き届き過ぎた管理に感心していた私は2年前のあの日にこの場で亡くなっていた津ヶ原水奈つがはらみなが隠れ潜んでいた屋敷の前に少なくとも自然に発生した訳ではない花束を見つけた。

「ねえ、誰かいる?」

 隠れ潜んでいるのかもしれない誰かに語りかけるようにそう言った私の真意を理解してくれたらしい渚はふわりと宙へ浮かび走るよりも速い速度で屋敷の中と屋敷の周りを一巡りして戻ってきた。

「誰もいない。けど、いたっぽい。誰かは」

「どういう事?」

 津ヶ原さんの父親も津ヶ原さんに仕えていた使用人も今はまだどのような理由があろうともこの場に来ることは出来ないはずだった。

「いるじゃん、1人。お母さん」

「津ヶ原さんの家族構成は知らないけど、あり得るとしたらそうか」

 そう呟いて、私は無駄に大事に抱えていた花束を見つめた。

「私が来ること無かったか。わざわざ宿まで取ったのに」

「説ある」

 口ではそんなことを言いながらも、私はしっかりと花と僅かながらのお菓子を供えて手を合わせ津ヶ原さんを弔った。

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