第31話
「な、何故お前が……。とでも言いたそうな表情をされていますが、私が連れてきた彼がここに居るのがそんなにも不思議なことですか?」
「当たり前だ、彼は今日の昼には……」
これまで私に見せてきた余裕を失った様子の
「貴方がそちらに居る
私には物怖じする事なくピシャリと言い放つその姿がとても格好良く映ったが、
「良いところで取られてるじゃん。めっちゃ。出番」
『私立探偵とは言ってもやり過ぎじゃない?』
と、
「大平さん……でしたっけ? 千景さんが言っていた事は事実で間違いないですか?」
「見事という言葉だけでは足りないくらいの手際だったよこの姉さんたちは……。幹治さん、私たちにはもう後がない。洗いざらい全て話して楽になりませんか?」
「ふざけるのもいい加減にしろ! 君が全て指示しただけだろう! 私は一切関係ない。これ以上くだらない茶番に私を巻き込む……」
パチンッという頬をぶつ音が病室内に鳴り響いた。
「なっ……!?」
津ヶ原幹治は床に倒れ、私の右手はジンジンと痛んでいた。
「しょ、傷害だぞこれは! 君たち見ていただろう!?」
「失礼、少しよそ見をしてしまっていたようで」
「申し訳ありません。私も同じくです」
「け、刑事は……電話で聞いていただろう? 殴られた。私は殴られたんだ。緋色琴音に!」
『音だけでは自作自演の可能性は捨てきれないですね。それに、その場には貴方以外に目撃者が二人も居るのにどちらもその様子を目撃していない。すぐに立証するのは難しいかと』
「どいつもこいつもふざけやがって……」
「はぁぁぁぁぁ……」
とても大人とは思えない自分勝手な言動に呆れた私は自然と大きな溜息を吐いていた。
「天空の痛みはこんなものじゃなかった! 自分の身長よりも何倍も高い場所から地面に突き落とされたあの
「それとこれとは話が……」
「別、じゃないですよね?」
激昂する津ヶ原幹治にそう意見したのは部下であるはずの大平という男だった。
「二年前の7月に貴方はわたしにこう命じた。『娘が人を
「な、何のことだかさっぱりわからないな」
「貴方が覚えていなくても私はしっかりと覚えています。水奈ちゃんには罪を償わせましょうと言った私に対して『娘の心配をしているのではない。私の立場の話をしている! 娘が殺人を犯したことが世間に明るみになれば私が築き上げた地位は、名誉は、全て崩れ去ってしまう。そんな事になれば君だって困るだろう?』その言葉に当時のわたしは逆らえなかった」
「ふざけた妄言だ」
「黙って」
私には到底知ることの出来なかった事実を語る大平に茶々を入れる津ヶ原幹治にわたしはボソッと言い放った。
「幹治さんに逆らうことの出来ない私たち部下が現場の証拠を隠滅している間に幹治さんは警察の上層部を動かして事件を事故へと変貌させた」
「しかし、それは琴音さんによってあっさりと暴かれてしまった」
「ええ。驚きましたよ。ただ、明かされた事実は都合のいいように脚色されていた」
犯行は津ヶ原水奈とその世話役を務めていた
「その脚色のおかげでわたしは罪に問われる事は無く、日に日にあの日の事は頭の隅へと追いやられようやく罪の意識が無くなろうとしていた最中、わたしは再び命じられてしまった。『津ヶ原の名に泥を塗ったあの少女に復讐を行う。手伝ってもらえるな?』と」
「貴方はその言葉にまたしても逆らうことが出来なかったの?」
「仕方が無いだろう! 右腕だった佐嶋が死に、私がその後釜を任された。裏切るなんて出来るはずが無い」
「でも貴方は今こうして隠蔽し続けるべき事実を語っている。それは何故?」
「最後の指示……本当はまだあったのかもしれないけれど、その内容を聞いてわたしにとっては最後の指示だと思ったよ。『小崎奈々子を殺せ』その指示でわたしもとうとう尻尾切りに合うのだと悟った。同時に幹治さんへの忠誠心が揺らぎ、中途半端な結果を残し罪悪感を抱きながら国外逃亡を図ろうとしたわたしを私立探偵だという彼女の部下に捕らえられた。わたしに残された道は、罪を償い隠蔽された悪事を
全てを曝け出して緊張の糸が切れてしまったのか、大平という男は全身の力が抜けたかのように床にへたり込んだ。
「大平、貴様私への恩を忘れたか!」
「貴方から頂いた恩と同じくらい、私を殺人者へ変えようとした貴方への恨みがあります。もういい加減罪を認めて償ってください。貴方が間接的に
「仮に大平の話が事実だったとして、
全く、わたしは足癖が悪い。
「確かにこの場には私人しかいないけれど……。
マッキー」
「津ヶ原幹治さん、大平燕次さん、先ほどのお話偶然扉の外で聞こえてしまいまして……署の方でお話お伺い出来ますか?」
「任意同行だろう? それには応じるつもりはない」
「そうですか……」
マッキーこと
「津ヶ原さん、元副警視総監が以前よりお世話になったようで。私は息子に呼び出されて来ただけなので詳しい事はわかりかねますが、個人的な理由で警察を動かされた二年前の件について少しだけお話しませんか?」
「緋色琴音ぇぇぇ! 許さん、許さんぞぉぉぉ!」
「私は……
わたしも……
貴方のことは許すつもりはありません。さようなら」
津ヶ原幹治はその叫び声と共に八重彦さんの父親である警視総監に連行、大平燕次も八重彦さんと共にこの場を離れた。
***
「疲れた」
「お疲れ様だったね。二人共よく頑張ってくれた」
「今度こそ捕まるんでしょ? あのおじさん」
「警視総監まで巻き込んでしまったのだから遅かれ早かれ真実はひとつ残らず明るみに出ることだろうね」
「良かった。それなら」
またしても私には到底似合わない笑顔を作ったわたしがそう告げると、すうっと身体が軽くなったような気がした。
「まだ、全てが解決したとは言い難いけれど、二人きりで話したいことがあるだろう? 人が寄り付かないように見張っておいてあげるから二人の時間を過ごすといい」
千景さんの余計な気遣いに甘えた私たちは向き合って二人だけの世界に浸った。
「緋色、ありがとう」
「急に何?」
「わたしが死んでから今日までのこと全部。緋色が居なかったらわたしみたいに消えて無くなっていたと思うから」
「それなら、私の方こそ。天空が居なかったら真実に辿り着かなかったと思うから、その……ありがとう」
面と向かって感謝を述べる事がこんなにも恥ずかしい事だとは思わなかった。
「お礼は言ったから、次は文句。琴音!」
久しぶりに渚から名前を呼ばれ、私の身体はビクリと跳ねた。
「もう、死のうとしないで」
「は? そんな事」
「しているでしょう?」
私の手首を指差した渚の瞳は怒っているようにも、哀しんでいるようにも見えて心が苦しくなった。
「気付いていたの?」
リストカットを
「琴音の身体を借りるたびにすごくズキズキした。痛かった。苦しかった」
「それは……ごめん」
「そんな事、二度としないで。琴音が死ぬのは耐えられない」
「約束は……出来ない」
渚が耐えられないのと同じくらい私だって耐えられないのだから。
「今のわたしは琴音の中で生きている。琴音が生かしてくれている。でも、琴音が死んだら今度こそ……」
「……わかった。しない。しないから」
「言ってよ。目を見て、ちゃんと」
「もう二度としない。渚と心中しようだなんて」
「ん。それで良し」
渚はギュウっと私を抱きしめてきた。
その感覚を私は一切感じる事は出来なかったが、そこに渚が居るという温かさは実感出来た。
「琴音、これからもずっと一緒だから」
「渚、綺麗だよ……月が」
「月かーい」
私の思いは通じる事なく今年も私の前から姿を消した。
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