第29話

「探偵に警察……妄言を吐くのならもう少しマシな妄言にするべきだ。探偵はともかく、警察が動いているのなら」

「私に連絡が入らないのはおかしい?」

 津ヶ原幹治つがはらもとはるは目を見開いて驚いていた。

「二年前の事件の時もあなたは警察の上層部に取り入って自分の娘が起こした事件を揉み消した。同じ手を二度も使わせるはずないでしょう」

「二年……前? 私がこのような指示を出したのは……」

 そう言いかけて口を閉ざした津ヶ原幹治はまたしてもハッタリを使って騙そうとしたなとでも言いたそうな視線をこちらに向けていた。

 しかし、これははなさんから聞いた事実のはずだった。

「とにかく、あなたが優美ゆみの事件に間接的に関わっていた。これは紛れもない事実でしょう?」

「事実だとして私になんの罪がある? 私は彼にそのような行為を起こす事は可能か否かを確認し、そのくだらない話に付き合ってくれた謝礼を後日振り込んだだけに過ぎない。そのくだらない話を魔に受けて実行に移した彼だけが罪に問われるべきだと思うが?」

 私は大きな溜息を吐かずにはいられなかった。自分の保身の為なら他者はどうなっても良いこの津ヶ原幹治だからこそ、あの津ヶ原水奈が生まれたのだろう。

「だ、そうだけど?」

 私はそう告げて胸ポケットに忍ばせていた通話状態スマートフォンを取り出してスピーカーモードに切り替えた。

『でまかせ言ってんじゃねぇぞ! 俺はてめぇらが指示したタイミングで指示したボタンを押せって言うから押しただけだ! 怪我人を出す為にやった訳じゃねぇ!』

「何のことだかさっぱりわからないな。私はそのような指示を出したりはしていない」

「そうでしょうね。実行犯である二俣竜樹ふたまたりゅうきという男に指示を送ったのは別の人物。あなたはその人物に指示を送ったなのだから」

 自らの手を汚さない為にそんなにも回りくどい事をするなんて根っからの卑怯者だ……と、渚は言っていた。私もそう思う。

「なんか、共犯にされた気がする。今」

 していない。気のせい。

「そこまでして私を犯罪者扱いしたいのなら彼に指示を出した指示役を連れて来てもらおうか?」

 きっと、何か策があるのだろう。津ヶ原幹治はニヤリと不敵に微笑んだ。

「わかりました」

 あっさりとそう返答した私を見てその微笑みは焦りからか、ぐちゃぐちゃに歪んだ。

千景ちかげさん、お願いします」

「なっ……!?」

 かれこれ一時間近く私たちしか居なかった閉鎖空間に新たな来訪者がやって来ると、津ヶ原幹治はだらしなくあんぐりと口を開けて呆然としていた。

 それもそのはずで、千景さんに連れられてこの場にやって来たもう一人の人物は本来ならに居るはずのない人物だった。


***


7月3日

「指示役が二人?」

「指示役である津ヶ原幹治によって指示されていた指示役がいると言うのが正確かな」

 優美ゆみの事件が発生した当日中に犯人と居場所の特定、その二日後には逮捕。警察も驚き(八重彦やえひこさん調べ)のスピード逮捕を終えた翌日、私は千景さんの探偵事務所でその事実を伝えられた。

「津ヶ原幹治と優美さんの事故を引き起こした二俣竜樹ふたまたりゅうきの関係をはなさんたちに探ってもらったけれど、不審な金銭の流れ以外は繋がりが見受けられなかった。だから、私の方で独自に調べてみたところその二人の間にもう一人指示役が存在していたことがわかった。詳しくは音々子ねねこさんたちに調べてもらっているのだけど……さて、そろそろかな」

 千景さんがそう言って電話に手を伸ばすと、タイミングを計ったかのように着信音が鳴り出した。

「やあ、丁度この連絡を待っているという話をしていたところだったんだ。調査結果の報告をお願い出来るかな?」

 相手は千景さんの想像通りだったようで、右手で受話器を持ちながら左手で報告された調査結果をメモしていた。

「ちーの姐さん両利きなんだ」

 人の利き手までよく観察したりするような事はしていないが、千景さんなら当たり前のように両手で異なる動作を出来るような気がした。

「想定通りとはいえ、随分と非人道的で利己的な男のようだ。以降もに。妹さんは私の優秀な友人たちがついているから安心して行動して欲しい」

 電話の相手は音々子だったようで、私は電話を終えた千景さんに気になる一言について問い詰めることにした。

「今の電話……奈々子ななこにまで何かがあるというの?」

「心配は要らないよ。奈々子さん何があっても手を出させない」

「おかしくない?」

 また勝手に……。

ってどういうこと? 音々子には何かあるんじゃないの? 奈々子の代わりに危険な目に遭うんじゃないの?」

 わたしの声に千景さんの表情から色が消えた。

「時々、はとても鋭いね。私の推測通りなら次の標的は奈々子さん。それを知った音々子さんは自ら影武者になることを志願した」

「止めてよ。そんなこと」

「君がその立場だったら、の身代わりになるのを止められて『はい、わかりました』と言えるのかな? 音々子の決意はそれだけ強かった。もちろん、そんな危険な役目を任せる以上、擦り傷さえもさせるつもりはないけれど」

 渚、いい加減に落ち着いて。

「音々子が擦り傷の一つでも負ったら、私は千景さんを一生過ぎても許しませんから」

「一気に責任が重くなってしまったけれど、約束は守る。まあ、そんな約束をするまでも無く渚さんの加護が音々子さんを守ってくれるだろうけど」

 そう告げた千景さんは私とは別の方向に視線を向けて微笑んだ。

 その先には渚がいたのだが、単なる偶然だろう。

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