第28話

 バスケットボールの試合に出ていた優美ゆみが原因不明の事故に遭い、その事故とほぼ同時刻に私の隣で試合を観戦していた明才めいさい高等学校の元生徒会長先本千景さきもとちかげさんが姿をくらませた。かと思えば、ずっと行方の分からなかった音々子ねねこが双子の妹である奈々子ななこのスマートフォンを通じて、

『優美さんのこと非常に心配だと思いますが、会場の外に来て下さい。 音々子』

 というメッセージが送られてきた。

 私もなぎさも一体何が起こっているのか訳がわからないまま、ひとまずそのメッセージに従った。

「どゆこと? これ」

「これは一体どういう事なの?」

 バスケットボールの試合会場の外で私を待っていた人物を見て私たちは似たような反応を見せた。

「お、お久しぶりです。琴音ことねさん……随分と顔色が……」

「大丈夫、少し嫌なこと思い出しただけだから」

天空渚てんくうなぎささんの事……ですよね?」

「ちょっと、八重やえ! わかっていても普通言わないでしょう。はい、ちょっとぬるいかもしれないけど水。少しは落ち着くと思うから」

「琴音さんも来たところで少し場所を移しましょう。座れる場所の方が琴音さんも落ち着く事ができるでしょうし、私たちの関係を話すには少し長くなりそうなので」


「ここ、落ち着かなくない?」

 移動先……私の義姉ぎしである中林華なかばやしはなさんと、その同僚巻島八重彦まきしまやえひこさんが乗ってきた覆面パトカーの車内に対して誰よりも早く苦言をていしたのは渚だった。

 その苦言に対しては私も完全に同意ではあったが、警察、明才元生徒会長、報道部それぞれから感じ取れる緊張感の中でどこかの亡霊のように軽々しく発言出来るはずがなかった。

「さて、気を取り直して私たちの関係について琴音さんにお話しするとしましょうか」

 そう告げてコホンと小さく咳払いをした千景さんは咳払いの前後で雰囲気がガラリと変わり、私は自然と背筋が伸びたような気がした。

「琴音さんが一番聞きたいのは、私についてですよね?」

「……はい」

 渚も私も警戒度は違えど先本千景という人物を怪しんでいるのは確かであり、音々子や華さんといった信頼を置ける人物と共にいるのが不思議なくらいだった。

「両肩が上がり、表情が引きっている。その様子からして琴音さんは私のことを友人に大怪我を負わせた犯人の疑いを持っているのでしょう。緊急事態だったとはいえ、あまりにも不自然なタイミングで姿を消した私が悪かったと思っている。私はの事件を捜査している私立の探偵でね。琴音さんと接触をしたのもその捜査の一環だったのだけれど、まさかその最中さなかであのような事件が起こってしまうとは……不覚だった」

「ち、違いましゅ……す。あれは事前に情報を得られなかった音々子の……報道部の責任です!」

「今回の捜査で報道部の指揮をっているのは私だ。それに、確率は低かったとはいえ想定出来た行動を止めることが出来ず犯人を取り逃してしまったのも私だ」

「犯人を……取り逃した?」

 私の言葉ではなく、の言葉だった。

 しかし、気持ちは琴音わたしと同じだった。

「わかっているの? 優美を怪我させた犯人を」

「報道部が既に特定はしている。まだ所在は掴めていないけれど」

「誰? わたしの知っている人?」

は君も、優美さんも、渚さんも知らない人物だ」

 何故、今回の事件には全く関係の無い渚の名前が出たのか。私は不思議でならなかったが、その理由はすぐに語られた。

「実行犯を手引きしていると思われる人物は、君たちに少なからず関係のある人物だと私は確信している。……津ヶ原つがはらこの苗字に聞き覚えあるでしょう?」

「また……」

 わたしは私の身体を震わせた。それが怒りによるものであることは文字通り一つになっている私には容易に理解出来た。

「二年前の事件……琴音さんの幼馴染である天空渚さんを殺害した犯人の名前が津ヶ原水奈つがはらみな。昨年、その津ヶ原水奈を殺害したのが愛生森夏あいおいしんかこの人は琴音さんのひと学年下の幼馴染で津ヶ原家とは親類にあたる。そして、どちらの事件にも動機には渚さんが関係し、どちらの事件にも琴音さんが巻き込まれた。単なる偶然とは思えない。大事な義妹いもうとを守るために力を貸して欲しい。そんな依頼を受けて私は古巣である明才高等学校の報道部にも協力を要請した。まさか、部員の一人がどちらの事件にも関わりがあって事件の資料が十分すぎるほどに揃っていたのは想定外だったけれど」

って……」

「先本にこれまでの事件を、不審な動きをし始めた津ヶ原を探ってもらったのは私。という立場では立ち入れないところもあるから」

 華さんはそういう立場であってもずかずかと踏み込んでいたはずだが、その表情はとても冗談で言っているようには見えなかった。

「さあて、私立探偵報道部音々子さん警察華さんと八重彦さんの関係性についてはかいつまんで話すとこんなところ。そして、私があなたに直接接触し、音々子さんを通じてあなたを呼び出した理由はひとつ……。琴音さんも手を貸してくれる? 被害者代表として」

「もちろん!」

 考えるまでもなく、そう言うだろうと思った。だっては津ヶ原により人生を失った被害者なのだから。


 私と音々子、千景さんと華さんたち警察組の二方向で津ヶ原を追うことで話がまとまるとその場は一度お開きとなった。

「ねえ、ひとつ聞いても良い?」

 音々子と二人きり(正確にはいるが)になった私は先ほどの話の中でずっと気になっていたことに関して聞いてみる事にした。

「優美に怪我を負わせた犯人を特定したとは言っていたけど誰なの?」

「名前を聞いてもわからないと思いますよ」

「まぁ、千景さんもそう言ってはいたけど。気になるから」

明日刈あすかり高校の二俣竜樹ふたまたりゅうきって人で、中学時代はかなりのいじめっ子だったと聞いています」

「まだ数十分しか経っていないのにそんなことまでわかってしまうなんて、相変わらず報道部という部活は敵に回したくは無い組織ね」

「ありがとうございます」

 褒めたつもりはなかったのだが、音々子が誇らしそうにしていたので訂正はしないでおく事にした。

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