第27話
6月30日
特に何かやるべき事があったとか、観たいテレビや、聴きたいラジオがあったとか、それに類似するような出来事があったなんて事は無かったが、私はただひたすらに隣家の部屋を見つめていた。
その部屋に明かりが灯ることは二度とない。
二年前の今頃、正確には二年前の7月13日にその部屋の住人である
世界の法則が乱れたとしても決して彼女は自らの命を絶つ人間ではない事は幼馴染である私が一番よく知っている。
彼女は同級生、
そして、その一年後。彼女は渚に心酔し過ぎていた親族で私たちのひと学年下の幼馴染、
因果応報。特に親しい訳でもない彼女に手向ける言葉はこれ以外に思い当たらない。
罪には罰を……。森夏は津ヶ原水奈を殺害した罪を償うために今も罰を受けている。これもまた、因果応報。
話がだいぶ横道へと逸れてしまった。
「はぁ」
ため息がこぼれた。
隣家の……渚の部屋から視線を外し、自室のベッドを見つめた。
そこには存在しないはずの、存在などしていない、天空渚その人が生前と変わらずにこやかな笑顔で座り込んでいた。
「サプラーイズ」
「早くない? 命日までまだ二週間もある」
「良くない? お盆だし」
「お盆は来月」
「相変わらず詳しいね。葬祭関係」
「まったく……」
誰のせいだと思っているのか。
「いいね。元気そう」
「まあ、ぼちぼち」
悔しいことに渚とこんなくだらないやり取りが出来てしまうことに自然と笑みが浮かんでしまった。
***
笑顔しか似合う表情の無い渚が見せる怒りの表情に私の胸は強く締めつけられた。
「
「もちろん知っている。先日の試合直後に起きた事故に巻き込まれた
白々しい。実に白々しい。
「その通り、優美は事故に遭って右足の骨を折る怪我を負った。何故だかわかる?」
「誤作動で昇降したバスケットゴールに巻き込まれた……だったかな? 実に痛ましい事故だ。心よりお見舞い申し上げる」
「自分で指示しておきながらよくもまあそんな事が言えますね」
「指示? 君は一体何を言っているのかな? 報道機関がしっかりと伝えていたのを観ていないのかな? あの事故は誤作動が原因だったと」
「先ほど話に出た男子高校生。ついさっき言ってしまったみたいですよ。貴方に指示されたって」
私の言葉に
「お得意の妄言かな? 君にその事実を知る術は無いはずだ」
「ありますが?」
だって私には優秀なお姉さま方がついているのだから。……優秀では無いのも憑いているが。
***
7月1日
私は優美からの誘いを受け、
「本当は
残念ながらこの場には奈々子も、6月からずっと行方がわからなくなっている音々子の姿も無かった。
「その分、わたしたちでしようよ。応援」
「ん」
独り言に対してそんな返答をしてきた渚に私は最低限の相槌を打った。
満員御礼とは言わないまでも客席の9割が埋まった中で私以外には視えない亡霊にしっかりとした返答をしてしまえば変人認定は確実だから。
「申し訳ないのですが、お隣宜しいですか?」
「え? あぁ、どうぞ」
この場で唯一の実体を持つ知り合いがフィールドに立っているため声を掛けられるなんて思ってもいなかった私は突然の問いかけに驚いてしまった。
「失礼します」
同性でありながら羨ましく感じてしまうスラリと伸びた脚に透き通るように白い肌、一本一本が
「
詳しくは知らない。ただ、顔と名前は渚の妹である
しかし何故? 今日の試合は狩越と明日刈の練習試合で明才は一切関係が無いはずだけれど。
「君が私に対して抱いている謎を推測して、答えると……『黄色い稲妻』そう呼ばれている東山優美さんの実力を一目見るため。で、納得していただけるかな?」
「優美に……?」
「他にも理由はあるけれど、ひとまずは」
それ以上は特筆すべき会話を交わすことのないまま私たちは優美がいつも通り活躍をする試合をただじっと観戦した。
事態が大きく……それはもう、今後の私たちの運命が変わってしまうほど大きく動いたのは試合終了間際だった。
得点差は狩越93対明日刈94。あと一度でもゴールを決める事ができれば逆転するという状況で残り時間は10秒を切っていた。
ボールは明日刈が手にしていて、コートの半分近くを埋め尽くす明日刈の応援団は勝利を確信し大いに盛り上がっていた。
その盛り上がりはたった一瞬で、次の瞬間にはその盛り上がりは狩越のものとなった。
「さっすが『黄色い稲妻』」
相手チームからボールは奪い取った優美は現在大興奮している渚がまだ存命だった頃に命名した不名誉な愛称『黄色い稲妻』を体現するかのように素早くフィールドを駆け巡ると、一気にゴールしたまで到達していた。
この時点で残り2秒を切っていた。
「優美‼︎」
スポーツに熱中する事は全くと言っても良いくらい無い私ではあるが、優美の出場する試合で度々起こるこの瞬間だけは声を出し、手を握り祈ってしまう。
私の祈りが届いたなんてことでは無いと思うが、優美はフィールドの床を強く踏み締め跳躍するとボールをゴールに文字通り叩き込んだ。
同時に試合終了のブザーが体育館全体に鳴り響き、優美のブザービーターが成立した。
……と誰もが興奮したその瞬間に誰もが予想だにしていない事態が起きた。起きてしまった。
「ねえ、
誰よりも早く異変に気がついたのは渚だった。
「……ゴールが動いている⁉︎」
ゴールにはダンクシュートを決めてブザービーターとなった優美がまだゴールのリングを掴んだままの状態だった。
優美も異変を感じているようだったが、困惑からか手を離すことなくキョロキョロと周囲を見渡すことしか出来ていなかった。
「隣のお姉さんは?」
「居ない……」
優美がブザービーターとなった瞬間までは隣で手を叩いて優美を讃えているようだったが、その姿は最初からそこには居なかったかのように綺麗さっぱり消えていた。
同時多発的に多くの事が起こり困惑していると何かが……誰かが落下したようなドンっともドスンっとも表現出来そうな鈍い音が聞こえ、歓声は閑静に変わり、
「優美⁉︎」
フィールドに仰向けで倒れ込み、誰よりも大きな叫声を上げる優美を目にして、渚は心配するように声を出し、私は声すら出せずただ呆然としていた。
そんな私の脳内には
「……色‼︎ 緋色ってば‼︎」
渚が私に声をかけていたが、私はとても言葉を返せる状態ではなかった。
「返事しなくていいから聞いて。大丈夫だったって、優美。あー大丈夫では無いけど一応。足の骨は折れてるかもって感じ……らしい」
私がひとり最悪な結末を勝手に推測して絶望感に打ちひしがれている間に渚は敵味方関係なく囲まれて処置を受けている優美の元へ行き状況を確認して来てくれていたようだった。
「優美のことも気になるけど、気になるよね……お姉さんの事も」
どうやら渚はタイミングよく姿をくらませた明才の元生徒会長を怪しんでいるようだった。
「緋色、電話」
「奈々子……いや、音々子から」
『優美さんのこと非常に心配だと思いますが、会場の外に来て下さい。 音々子』
奈々子のスマートフォンから送られてきたそのメッセージに何かしらの緊急性を感じた私はすぐさま会場の外へと向かった。
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