第26話

6月19日

 私のスマートフォンに小崎奈々子こさきななこの双子のお姉さんである音々子ねねこさんからのメッセージが送られてきた。

 今思えば、このメッセージが今回の事件の始まりだったのだろう。

「へえ、優美ゆみにも同じメッセージが……」

「急に『ごめんなさい』だけのメッセージを送られてきても全然意味わからないだろ? だからすぐに聞き返したんだけど、全然返事が無くて。奈々子に聞こうにもあんな感じだし」

 優美が示した先の机で突っ伏している奈々子は見るからにグッタリと、げっそりとしていて、話を聞くまでも無くお姉さんのメッセージの真意など知らなさそうだった。

「その様子だと音々子さん、家にもいないの?」

「なんかぁ、部活の事情で暫く帰ってこれないってぇ。奈々子にも何があったか教えてくれないしぃ……」

 普段は陽気なオーラを纏っている奈々子が今日はお姉さんそっくりな陰気オーラを纏っていた。

「なあ、音々子が帰ってこなくなったのっていつからだ?」

「昨日」

「昨日か……」

「優美? 何か思い当たることでもあるの?」

「関係があるかどうかはわからないけど、昨日は明才めいさいの校内でボヤがあったらしいからそれが関係してんのかなあって」

「へえ、ああいう学校でもボヤを起こすのね」

「どこだってボヤくらい起きるだろ。ただ、なんか変なんだよなあ。明才が発信している情報が安定しないっつうか……SNSで騒がれている情報と一致しない感じ?」

 明才には音々子さんも副部長として所属している報道部とかいう得体の知れない部活動が存在している。その部活動が発信する情報の正確性は私たち狩越の生徒でさえ知っているくらい有名だった。

「もしそれが事実なら、音々子さんはそのゴタゴタに巻き込まれているとかじゃない? 確か、報道部の副部長なのでしょう?」

「それならそうだって言って欲しいよぉ。奈々子にまで何も教えてくれないなんて……」

 奈々子がそう嘆いていると、聞き覚えのないアラーム音と奇妙なリズムのバイブレーション音が聞こえてきて、その音の発信源であるスマートフォンを奈々子が取り出した。

「ん? 奈々子、スマホ変えたのか?」

「!? 琴音さん、優美さん。奈々子早退するから先生に適当な理由言っておいて下さい」

 優美の言葉など聞こえていなかったかのように顔色を変え、焦っている様子の奈々子はそう告げると荷物を持ってそそくさと朝のホームルームさえも始まっていない教室を出て行ってしまった。

「なあ、今のって……」

「ええ、きっと何か理由があるのでしょうけど……」

 その理由を私たちが知ることになるのはもう少し先の話だった。


***


「さて、きっと貴方は答えてくれないと思うのだけれど……つい先日、明才高等学校で起きたボヤにも貴方は間接的に関与している。違う?」

「答えがわかりきっているのなら、私が答える必要はない」

「なら、別の質問。37万なんて額を出してまで男子高校生を雇った理由は何?」

「私が彼を指名した訳ではない。彼が自ら意思で私に協力し、その報酬を求めただけだ。彼がに起こした事件に私は関与していない」

 この問いにもノーコメントが返ってくるものだと思っていたが、津ヶ原幹治は自分は報酬を出しただけで、男子高校生の起こしたに関しては関与していないと告げる為だけに閉ざしていた口を軽々と開いた。

「報酬を求めた……つまり、貴方は彼が報酬を求めるほどのを指示したということでしょう? 例えば、何かしらの情報を抜き取るとか……」

「情報を……抜き取る?」

 私の言葉に引っかかりを感じたらしい津ヶ原幹治はその瞳に再度勝利の色を取り戻した。

「ふふっ、ふはは! 君の推測とやらは随分と楽しませてもらったよ。だが、やはり所詮は子供の妄言だな。この私が情報を抜き取らせるなんて重要な仕事を得体の知れない高校生にさせる筈がないだろう! いやはや、君の妄言は実に愉快だった。さあ、もう探偵ごっこはお開きにしよう。君も存じているように私は多忙なのでね」

「ええ、今のは全くのだけれど?」

 指摘に対して驚くどころか、あっさりと開き直ってそう告げる私をさっさと立ち去ってしまおうとしていた津ヶ原幹治は目を丸くして見つめた。その表情は実に愉快だった。

 私の推測はまだ、。罪を認めさせるまで、絶対に逃がしはしない。

「確かに貴方は男子高校生に37万円を支払った。ただ、その日付は明才高等学校でボヤの起きた翌々日……6月21日ではない。相手のことは把握していても送金の日付までは把握していなかったのでしょう? 彼が行ったのはボヤとは全く別の事件。言ったでしょう? 『』って、それに気が付きもしないでただ自分が事件に関与していないなんて妄言のためだけに意識を集中させるから私の言葉にに引っかかる」

「私を、騙したのか?」

「私は一つも嘘は吐いていない。貴方が勝手に吐いただけ」

 彼……37万の報酬を受け取った男子高校生の話が出たところで次は彼が起こした事件について追及する事にしよう。決して許すことの出来ない事件について……。


***


7月1日

 狩越かりこしバスケットボール部3年

 『黄色い稲妻』こと東山優美とうやまゆみ 練習試合直後の事故により負傷!

 選手生命の危機か!?


 明才高等学校報道部が取り上げたそのニュースは瞬く間に周辺高校に広まることになる。

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