第23話

17:30



「これはあくまで推測。出来れば信じたくないけれど……。今日の昼食後、森夏は優美の上靴を盗んだ。YES? それともNO?」

「YESですぅ」

「意外。適当なことを言って誤魔化すかと思った」

 私がそう言うと森夏は頬を膨らませた。

「心外ですねぇ。どうせ防犯カメラに映っていたんでしょうからぁ、今更嘘を吐く必要なんて無いと思っただけですぅ」

「じゃあ、次の質問。優美の上靴を選んだのには理由があった」

「YES。誰の上靴でも良かったんですけどぉ、アリバイが無い人の方がワタシにとって都合が良いのでぇ」

 次の質問は……もう、聞くまでも無い。

「津ヶ原水奈を殺害したのはシンカーでしょ?」

 森夏はYESともNOとも言わずただ、ただ微笑んでいた。

「答えて……」

 その問いに森夏が答えられるはずが無かった。

 質問を投げかけた声の主の言葉を森夏は受け取ることが出来ないのだから。

「琴音先輩、着いて来てくださいぃ」

 森夏は下駄箱から自分の上靴を取り出して本来は土足厳禁(上靴も含む)である室内でその上靴を履くと、窓を開けて外へ飛び出した。

「待って」

 まだ上靴を脱いでいなかった私はそのまま室内へ上がり込み森夏と同じようにして窓の外へ出た。

「目的地までは少し歩くのでその間に少しだけワタシと仲の良かった女の子の話をしますねぇ」

「ご自由に」

「ずぅっと、ずぅっと……琴音先輩たちに出会うよりも昔からワタシには年の近い仲良しの女の子が居ましたぁ。ただ、その子と私の関係は少ぉしだけ変わっていてぇ、歳の差とは別の理由で上下関係がありましたぁ。

 その子が上でぇ、ワタシが下でぇ、でもぉ、物心つく前からそうだったのでぇワタシは何も不思議には思っていませんでしたぁ。

 大きくなるにつれてぇ、ワタシとその子の格差はあからさまに離れて行きましたぁ。でも、その子はワタシのことを好いてくれていてぇ、月に何度かお話する機会がありましたぁ。

 そんなある日、その子から苦手な……大嫌いな女の子がいるという話を聞きましたぁ。最初は、誰にでも一人や二人そういう子は居るものだと思って聞いていたんですけどぉ、去年の6月くらいでしたかねぇ~ その子の言葉に殺意が見え隠れしてきたのは~

 なんか、少し心配だなぁ~ 次に会った時にはもう少し真剣に話を聞いてあげようかなぁ~ なんて考えていた時でしたぁ。

 その子が……ワタシの従姉でそこで冷たくなっている水奈ちゃんが渚先輩を殺したのは」

 今の今まで楽しそうに昔話をしていた森夏の口調は何の前触れもなく怒りと恨みに満ちた声色に代わった。

「水奈ちゃんはワタシが渚先輩の幼馴染だってことは知らなかった。だから、水奈ちゃんは渚先輩の悪口をありもしない事実を自慢げに語ってきたぁ。琴音先輩ならそれがどれ程の苦痛か想像がつきますよねぇ?」

 想像したくない事だが、一年前の経験が津ヶ原水奈の言いそうな言葉を勝手に組み立てて頭の中を侵食した。

「でも、最悪なのは琴音先輩、あなたです……あなたは水奈ちゃんという火に油を注いでしまった。

 八月の終わり頃、渚先輩を殺害したことを武勇伝のように語る水奈ちゃんの口から琴音先輩の名前が出てきました。渚先輩の時と同じくらい。ワタシは不安でした。琴音先輩が……ワタシの大好きなもう一人の先輩まで水奈ちゃんの手によって殺されてしまうんじゃないかって。

 ワタシの想像は的中しましたぁ。水奈ちゃんは渚先輩の時みたいに琴音先輩を殺す方法を考えてその計画をワタシにだけ話してくれましたぁ。

 その時、ワタシは思いました水奈ちゃんに復讐するチャンスは今しかないってぇ」

 森夏は歪な笑顔を私たちに見せた。その笑顔は二年連続で化けて出てきた幽霊とは比べ物にならないくらい恐ろしいものだった。

「今更聞くような事ではないと思うけど、津ヶ原水奈を殺害したのは森夏?」

「そうですよぉ」

「まぁ、あんた以外にこんな都合の良い状況を作れる人物なんていないものね」

 事件が起きてから私はずっと不思議で仕方がなかった。

 一つは津ヶ原水奈が一年前に自身が起こした事件と同じ手口で殺害されていた事。

 一つは偶然、津ヶ原水奈が通っていた狩越学園の生徒が津ヶ原幹治の所有する施設を合宿に使用していた事。

 一つは今回の事件が渚の事件から一年が経った今、再び私の近くで起きた事。

 よく考えてみれば、誰かが裏で手を引いていなければこんな偶然が重なるはずが無かった。

「優美先輩と柿本さんには悪いことをしたと思っていますぅ。ワタシの復讐のために容疑者にさせてしまいましたからぁ」

「シンカー、もう一人謝る人居るでしょ?」

「え?」

 先ほどは届くことのなかったその声が今度はしっかりと森夏の耳に届いていた。

「佐嶋さんだっけ? ヤク……執事の人」

 私の許可も無く私の身体を使って渚は珍しく怒っているような様子でそう告げた。

「琴音先輩、渚先輩みたいな喋り方をしてふざけないで下さいよぉ」

「そんな事はどうでも良い、どうして言わないの? 佐嶋さんにごめんなさいを」

「言う必要ありますかぁ? あの人は水奈ちゃんの一番そばにいたのに水奈ちゃんを止めることが出来なかったんですよぉ? ねぇ、琴音先輩……」

 私をじっと見つめ、私の身体に自身の身体を密着させてきた森夏は耳元で

「真犯人は佐嶋ってことにしませんかぁ?」

 そう呟いた。

「残念だけど、佐嶋さんにはアリバイがある。真犯人になれる人物がいるとするなら状況的に森夏あなただけ」

「緋色?」

 私に身体の所有権を奪い返された渚は不思議そうに首を傾げていた。

「これはあくまで推測だけど津ヶ原水奈と共謀して私を殺す手伝いをするフリをしていた森夏はこの合宿所を訪れてから何度か津ヶ原水奈と接触した。違う?」

「その通りですぅ。でも、良く分かりましたねぇ?」

「佐嶋さんが昨日と今日狩越学園の生徒にその姿を目撃されている。一人は柿本さん。もう一人が森夏でしょ? あんな風棒の人物が施設内に居るのを誰にも報告しないなんてその人物の素性を知っている人物以外ありえない」

「佐嶋を犯人に仕立てあげるには佐嶋の動きを把握しておく必要がありましたからぁ。まさかバレていたなんて思いもしませんでしたけどぉ」

「津ヶ原水奈が飛び降りた場所を確認したい。入れる?」

「入れますよぉ。合鍵持っているのでぇ。あとぉ、飛び降りたじゃなくて、突き落としたですからぁ」

「どっちでもいい。早く」

 森夏を急かして私は津ヶ原水奈が隠れ住んでいた家の中に入った。

「水奈ちゃんの部屋は三階ですぅ」

「ここから……」

「意外と……だね」

 私も渚も思う事は同じだった。

「ねぇ、森夏はこのベランダから人を突き落として確実に人を殺めることが出来ると思う?」

「出来るんじゃないですかぁ? 水奈ちゃんはその方法で琴音先輩を殺害しようとしていましたしぃ、事実水奈ちゃんはここから落ちてあのように死んだじゃないですかぁ」

「地面がコンクリートならまだしも、三階という中途半端に高い位置から僅かな砂利があるくらいの地面に落ちたところで確実に人を殺められる保証はない。それに加えてこの150センチの柵の先に意識がしっかりとしている人間を突き落とすことはまず不可能。でも、森夏はそれを難なく成し遂げてしまった」

 そのトリックを暴いたところで森夏の犯した罪は変わらないが……

「恐らくだけど、津ヶ原水奈は私を殺すことが出来るなんて最初から思っていなかった。それでも、私に復讐をするつもりでいた。私の前で死ぬことで」

「水奈ちゃんが死ぬ? どうして?」

「そんな事は本人に聞いてみないとわからない。でも、自ら死を選んだのは確か」

 私は部屋の中に不自然に転がっていた空き瓶と茶色く汚れた銀紙を指差した。

「睡眠薬?」

「確認はしていないけれど、それは恐らく睡眠薬でしょう? そっちの銀紙は恐らくチョコレートの包装紙。苦い薬を甘いチョコレートで誤魔化して飲んだって事でしょう。津ヶ原水奈の口元にチョコレートの跡がうっすらと残っていたから。森夏がこの柵の先に津ヶ原水奈を突き落とすことが出来たのも睡眠薬を多量に摂取して意識が朦朧として反抗するだけの力が失われていたから。死因は恐らく失血死ではなく睡眠薬を多量に摂取したことによる中毒死。

あくまで素人判断だから、森夏が突き落としたことが死因となった可能性もゼロではないけど」

「そんなぁ、そんな事ってぇ。ワタシの復讐は失敗したって事ですかぁ?

「私のために、天空のために辛い日々を我慢した森夏は尊敬する。でも、復讐なんてしたところで意味はない。あんた、賢いんだからそれくらいわかるでしょ」

「……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

 昔よりも頑固になった幼馴染は大粒の涙をボロボロと流しながら何度も何度も謝罪した。

「ねぇ、シンカーに伝えて欲しい事ある」

「森夏、あんただけには知っておいて欲しい。天空の遺言」

 死んでからの言葉を遺言と言って良いのかはわからないけど。

 渚は私の身体に背を預け、私の口を通じて森夏に遺言を伝えた。

「わたしは何の未練もなく死んじゃったから復讐なんてしなくて良いよ」

「なんですかぁ、それ。まるで、今言っているみたいなぁ。渚先輩らしいですねぇ。そういう事は早く言ってくださいよぉ。この手が汚れてしまう前に……」

「そうだね。ゴメン」

 私の身体を離れて口にしたその言葉が森夏に届く事は無かったが、まるでその言葉が聞こえていたかのように穏やかな表情となった森夏は今まで押さえつけていたものが解き放たれてしまったようで、赤子のように大声で泣き出した。

 そんな森夏を私はただ優しく抱きしめてあげる事しか出来なかった。



18:02 津ヶ原水奈殺害の容疑で愛生森夏緊急逮捕

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