第22話

16:58



「優美さんは犯人じゃないかも……犯人じゃありません」

 先ほどまで優美を疑っていたはずの音々子さんははっきりとそう宣言した。

「どういう事? 優美の上靴には事件現場に落ちていた小石が挟まっていて、泥はこの通り他の汚れと共に拭き取られている。出揃っている証拠から考えれば優美が犯人って事になるでしょう?」

 優美が犯人ではないことはわかっている。だからこそ私は敢えて優美が犯人という体で話を進めた。

「決定的な証拠がないうちに容疑者だと決めつけてしまうなんて、本当にごめんなさい。音々子は報道部失格です」

 それは私にとっても耳の痛い言葉だった。

「まだ照合の途中ですが、優美さんは今回の事件の容疑者ではなく被害者の可能性があります」

「被害者ですか?」

「この映像を見てください」

 音々子さんのタブレットに映し出された映像は優美の姿が見えなくなる13:00より少し前に食堂付近に設置された防犯カメラで撮影された映像だった。

「食堂から出てきた生徒の足元に注目してください」

「足元……これって」

 食堂から出てきた生徒は全員同じ靴を履いていた。それは優美も例外ではなかった。

「ん? どゆこと?」

 渚はわかっていないようだが、狩越学園指定の上靴は学年ごとに赤、青、黄の三色に分かれている。つまり……

「全生徒が同じ色の靴を履いている。つまり、バスケットボール部員が履いているのは上靴ではなくてバスケットシューズ」

「普段はバスケットシューズで施設内を歩くことは禁止されている。でも、今日は夕方までコーチが不在でルール違反を咎められることがなかった」

「それが最初の事件を引き起こすきっかけとなってしまった。問題はその時、上靴が何処に置いてあったのか」

「……宿泊棟の下駄箱」

 ふと下駄箱に目をやると、下駄箱には私が手に持っている優美の上靴以外この宿泊棟B2に宿泊する生徒全員分の上靴が置かれていた。

「という事は……」

 真犯人をあぶり出す方法を思いついたまさにその瞬間、タブレットに【照合結果】というタイトルのメールが届いた。

「開きます」

 メールに添付されていた動画ファイルは先ほどの動画からおよそ一時間後、14:10に食堂付近に設置された防犯カメラで撮影された映像だった。

「真犯人」

 まだ確定ではない。ただ自分の学年の色とは異なる色の上靴を履いているその人物は明らかに不審だった。

「音々子さん、この生徒の特定できますか?」

「よ、余裕です」

「緋色……」

 真犯人と思われる人物の特定を急ぐ華さんと音々子さんを見て渚は私に助けを求めるようにそう呟いた。

「音々子さん、これ以上の特定はしなくて大丈夫。もう、目星はついたから」

「じゃあ、早速事情聴取を……」

「事情聴取は、私がします……いいえ、やらせてください。でも、その前に少しだけ時間をください」



17:19



「やっと見つけた」

「アタシを逮捕しに来たか?」

「そんな訳無いでしょ」

 奈々子と二人並んで樹々しか見えない風景を眺めていた優美はクスリといつも通りの笑顔を見せた。

「上靴、さっさと履き替えないとコーチ帰ってくるんじゃないの?」

「やばっ、アタシずっとバッシュ履いたままだったか」

「やっぱり気が付いていなかったのね」

 上靴の場所を訊ねた時、優美が教えてくれた下駄箱の左上には優美が今履いているバスケットシューズが入っていた。

「ねぇ、ほんの少しでも……ほんの一瞬でも優美のことを犯人だと疑ってしまったこと謝らせて」

「謝んなって。アタシが琴音たちを呼ばなきゃ、課題をちゃんと持って来てりゃ、アタシが疑われることなんて無かったんだから」

「その通りね」

 そう言って笑い合う私と優美はすっかりいつも通りだった。

「ちょ、ちょっと琴音!? そこは否定しなきゃダメだよ」

「奈々子もありがとな。アタシなんかをかばってくれて」

「当たり前でしょ。奈々子は誰かさんと違って最初から違うってわかっていたから」

 照れ臭そうに奈々子の頭をぐしゃぐしゃと雑に撫でる優美だったがその表情は少し曇っていた。

「アタシが犯人じゃないって事は、真犯人が見つかったって事だよな?」

「少なくとも一つは罪を犯しているから、それについては問いたださないといけないと思ってる」

「アタシもついて行くよ。バスケットボール部の問題だから」

「違う。これは多分、私とあの子の問題」

「……大丈夫か?」

「大丈夫、私には天空が憑いているから」

 私の真横でドヤ顔をしている渚が見えるはずは無いのだが、優美と奈々子は噴き出すように笑った。

「世界で一番頼りにならねぇお守りだな」

「なんだとぉ!」

「音々子ちゃんの方が頼りになるよ」

「それはない」

「それな」

 わりと大きめのショックを受けている渚に少し申し訳なさを感じつつ、私は最後の覚悟を決めた。

「優美、あの子はどこに居るの?」

「C1アタシらの部屋に向かう途中にあった分かれ道を左だ」

「ありがとう」

「夕飯、18:30だからな」

「わかった。それまでには終わらせる」



17:28



「ねぇ、あんたから伝えておきたい事ってある?」

「ん~ まだ、無い。というか、まだ信じていたい」

「わかった」

 C1と書かれた札が掛けられた部屋の前に立った私は面接会場に入室する時のような緊張をしていた。

「緋色の心臓の音、聞こえる気がする」

 聞こえるはずのない渚の心臓の音も聞こえる気がした。

「森夏、そこを動かないで」

 何の前触れもなく突然部屋の扉を開けて部屋に飛び込むと、

 優美の上靴を履いて歩く姿が防犯カメラに映ってしまった少女、

 私と渚の一つ下の幼馴染の少女、


 愛生森夏


 が、私を……私たちを待っていたかのように一人部屋の中央に佇んでいた。

「この施設内で事件が起きた。失踪事件が」

「失踪ですかぁ? 窃盗の間違いですよねぇ?」

「……残念だよ。シンカー」

 渚は最後まで森夏が犯人ではないと信じたかったみたいだが、森夏のその言葉が渚の希望を壊した。

「これはあくまで推測。出来れば信じたくないけれど……」

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