第21話
16:15
「あれ? 琴音先輩じゃないですかぁ」
「森夏……そう言えばバスケットボール部だったっけ」
「そうですよぉ~ 優美先輩ったらワタシにすっごく厳しいのでぇ、もう少し優しくするように言っておいてくださぁい」
「そういうもんでしょ、部活って」
私は中学も高校も部活動には所属していないので体育会系の部活がどのような上下関係で接しているのか知らないが。
「ところでぇ、琴音先輩どうしてここに居るんですかぁ? さっき、ちょっと雰囲気の違う奈々子先輩も見かけましたけどぉ」
「優美に用事があったから寄っただけ」
「そうですかぁ。ところで……」
森夏の声色が突然変わり、私の背筋に悪寒が走った。
森夏の愛してやまない先輩の亡霊が私の背中にピタリと憑いているからかもしれないが。
「事件が起きたって本当ですかぁ?」
「何の事?」
咄嗟に私は知らないフリをした。森夏には何も知っておいてほしくはないと思ったからかもしれない。
「あれぇ? 知らないんですかぁ? そこの入り口にパトカー停まっていたじゃないですかぁ」
「あぁ、あれ。パトロールか何かじゃないの? この辺って事件なんて起こらなさそうだし警察も暇なんでしょ」
「そうですよねぇ~ 琴音先輩だって何度も事件に関わりたくないですよねぇ」
「ん」
何故だかはわからない。いつもと変わらぬトーンで喋っていたはずの森夏の言葉に突然イラッとしてしまった私は空返事を返してその場を離れてしまった。
「緋色、どした?」
「わからん。ちょっと、イラついた」
「あとでシンカーに謝れよ~」
「わかってる」
森夏に苛立った理由がわからず余計に苛立ってしまった私は渚に対しても強い口調で返してしまい、今度ばかりは少し冷静になった。
「ごめん、あんたにまで」
「わたしは平気。慣れてる」
「それは良かった」
「良いね。いつもの緋色だ」
渚から見ても私の心は落ち着いたみたいだが、一応念のため深呼吸をして心を整え、私は華さん達の待つ多目的室へ入室した。
16:19
「お待たせしました」
「大丈夫。どうせ私たちだけだから」
「ま、待っている間に必要な情報も出揃いました」
私がお手洗いに行っている間に音々子さんと華さんはお互いの情報をまとめ、事件のおおよその流れが可視化されていた。
「まずは津ヶ原さんの死亡推定時刻だけれど、13:30から14:45の間。八重が佐嶋さんから聞いた証言が事実だとするのなら犯行可能時間は13:50から第一発見者の柿本林さんが死体を発見した15:16の一時間二十六分」
「その間、この敷地内に居た狩越学園の生徒は自主練習中だったみたいですが、第一発見者の柿本林さんと優美さんは死亡推定時刻よりも前の13:00から15:00までの二時間誰も目撃していないそうです」
「佐嶋さんは13:50以降のアリバイはあるけれど、死亡推定時刻を考えると十分犯行は可能。犯行を否定しているみたいだけれど、八重の話では津ヶ原さんを殺害して一番得をする人物は自分だと証言していたようだし」
「容疑者は三人……」
「その一人が優美か。複雑だね」
渚に言われるまでもなく、私も音々子さんも華さんだって同じ気持ちを抱いていた。
「な、奈々子ちゃんは『優美は絶対に犯人じゃない』って言っていた。音々子もそう信じたい。でも……」
珍しく声を荒げた音々子さんがそう告げると、私のスマートフォンに音々子さんから一通のメッセージが届いた。
『現場に残されていた足跡の照合結果
○○社製造 コラムナーS021 24.0㎝
主に中学、高等学校で上靴として使用されている体育館シューズ。
狩越学園高等学校はこの体育館シューズを学校指定の上靴としている』
「間違いない」
「そうなのね。ということはつまり」
「柿本林さんと優美さんの容疑が強まった……」
「緋色、反論」
そんな事はわかっている。
「華さん、佐嶋さんが津ヶ原水奈の持っていた上靴を使って偶然合宿に来ていた狩越学園の生徒に罪を擦り付けた可能性は……」
「仮にそうだとしても、可能性が低すぎる。そうでしょう?」
「琴音さん、現場に残されていた足跡はしっかりと跡が残っています。これはしっかりと靴を履いていないと残りません」
「だよね」
優美がそんなことをするはずがないと頭ではわかっていても容疑が強まってしまうとその信頼も揺らいでしまう。
「追い打ちをかけるつもりは無いけれど、15:00頃に柿本さんは買い出しを終えてこの敷地に戻ってきた佐嶋さんを負ったと証言していたらしいわ。佐嶋さんも同じ時間帯に琴音さん達の学校の指定ジャージを着た生徒に後を付けられたと証言していたって」
「最悪」
渚がそう言ってくれなかったら私の口から同じ言葉が全く同じトーンで発せられていた事だろう。
「犯人は……優美って事?」
「決定的な証拠は無いですけど……」
「証拠……」
「うちの上靴ってさ、裏によくゴミ溜まらなかった?」
前と違って今回は何も知らないのだから直接言ってくれれば良いものを。まぁ、それが渚らしいのだが。
「音々子さん、優美は今どこに?」
「宿泊棟だと思います。多分、奈々子ちゃんも一緒」
「ありがとう」
私はすぐさま多目的室を飛び出した。
16:34
「奈々子、今どこ?」
『琴音? どこって、えっと……宿泊棟だって』
「宿泊棟、右と左あるみたい」
「よく分からんけど、右と左に分かれているって。どっち?」
『確か、右に入ったような……B2の部屋だって』
「B2……あった」
B2と記された札が掛けられていた部屋に飛び込んだ私を優美と奈々子は目を丸くしながら見つめていた。
「優美、あんたの上靴どれ?」
「下駄箱の左上にねぇか?」
「左上?」
優美の記憶違いか、優美の上靴は下駄箱の右上にあった。
「嘘……」
「どうかしたのか? っておい、琴音?」
受け入れることの出来ない事実に膝から崩れ落ちてしまった私を『黄色い稲妻』東山優美はしっかりと支えてくれた。
そんな光景を目の当たりにした奈々子と渚は目を大きく見開いて拍手していた。
「大丈夫か?」
「ごめん、少し……というかだいぶ信じられなかったから」
優美の上靴の裏にはあまりに綺麗だった。綺麗すぎてがっちりと挟まってしまっている小石が目立ってしまうほどに。
「優美……本当のことを話して」
「おい、嘘だよな? 琴音、まさかアタシを」
「嘘だと信じたい。だから、本当のことを」
「アタシは、アタシはやってねぇ!」
そう叫ぶと優美は私を突き飛ばし、部屋を飛び出して行ってしまった。
「琴音、最低だよ。友達なら……最後まで信じてあげなきゃ」
優美の後を追うように奈々子も部屋を出て行ってしまい、私たった一人が取り残されてしまった。
「あんたも、失望した?」
「全然。それを見ちったら、疑うでしょ」
「天空、私本当にわからん」
「ん?」
「優美が津ヶ原さんを殺す理由」
私や音々子さんを通して知ってしまった奈々子ならまだわかる。だが、何も知らないはずの優美がただの元クラスメイトに過ぎない津ヶ原さんを殺害する理由が私にはさっぱりわからなかった。
「わたしも、ずっと考えてる。優美は突発的に人を殺すとは思えない。まぁ、緋色を突き飛ばしたばっかりだけど」
「優美の名誉のために言うけど、あの子は怒っていても冷静だから」
あの時、私を抱きかかえていた優美はその手を離すのではなく、一度私を床に下ろして積まれた布団目掛けて突き飛ばしてきた。怒り任せの行動とは思えない。思いたくないだけかもしれないが。
「居るでしょ。真犯人」
「当たり前。探すよ、二人で」
「二人より、五人じゃない?」
こちらに向かって走ってくる足音が聞こえた。その足音の主は……
「音々子さん、華さん」
五人目は、ここにはいないが巻島さんの事だろう。
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