第20話

15:42



「け、刑事さん。音々子たちは第一発見者の子を事情聴取しましゅ……す」

「あまり遊び半分で捜査をしてほしくは無いが、よろしくお願いするよ」

 巻島って刑事さんはアタシらのことを信用はしていないらしいがもう一人の刑事さんの命令は絶対っぽくて、第一発見者となってしまったバスケットボール部一年の柿本林の事情聴取を音々子に任せて自分は津ヶ原の執事だとか言う超デケーおっさんの事情聴取に向かった。

「あんな光景を思い出したくねぇかもしれねぇけど、音々子に話してやってくれ」

「……はい」

「柿本林さん、まず……あなたはどうしてあんな所へ?」

 音々子の最初の質問。それはアタシも気になっていた。

 あの森の中は立入禁止とまでは言っていなかったが、舗装された道は無く本来は立ち入る必要のない場所であるはずだった。

「不審な、男の人が居たので」

 不審な男。その言葉から連想できる人物はたった一人。

 それはアタシも、音々子もこの空間に同席しているものの会話に一切口を出していない奈々子も同じ人物を思い浮かべていた。

「さっきの大男?」

「はい。この合宿所にはわたしたち狩越学園バスケ部しかいないと聞いていたので」

 アタシもコーチからはアタシらしかいないと聞いていたからまさか、一年前突如姿を消した津ヶ原がこんな所にいるとは夢にも思っていなかった。

「この施設が建っている土地の所有者は亡くなっていた津ヶ原水奈の父、津ヶ原幹治。一年前に失踪した津ヶ原水奈がここに潜伏していても不思議じゃない」

 住んでいたではなく潜伏という言い回しが気になったが、そんな質問をする間も与えずに音々子は話を続けた。

「そんな事よりも、あなたはどうして彼を追ったの? 不審者を見つけたのなら優美さんや他の部員に伝えるべきだったはず」

 音々子の発言は正しいとは思うが、それでは林を疑っているようにしか聞こえなかった。

「あの……それは……」

「申し訳ないけれど、音々子はあなたを疑っている」

 音々子はそう告げるとアタシにも視線を向けてきた。どうやら林だけではなくアタシも疑われているらしい。

「優美さん、ごめんなさい。こんなことは言いたくないけれど、音々子は優美さんも……」

「ね、音々子ちゃん? 優美がやるはずないでしょう? そんなこと音々子ちゃんだってわかっているはずだよね?」

 邪魔をしないようにずっと黙っていた奈々子だったが、アタシが疑われているとわかった途端、目の色を変えて音々子の両肩に掴みかかりそう言った。

「な、奈々子ちゃん痛い」

「あ……ゴメンね。でもね、音々子ちゃん」

「音々子も優美さんがそんなことをする人じゃない事はわかっているつもり。でも、優美さん13:00から15:00までの二時間アリバイ、無いよね?」

「……あぁ」

 いつの間にそんな情報を手に入れていたのかアタシには想像もつかないが、音々子の言う通りアタシは昼休憩が終わった13:00から琴音からそろそろ到着するという連絡が来た15:00頃までのおよそ二時間の間コーチに見つからないようにたった一人で自主練習を行っていた。

 もちろん、そのアリバイを証明できるものは一人もいない。



15:42



「さて、巻島さん何からお話すればよいでしょう?」

 柏越青少年自然の家の一部屋をお借りして事情聴取を始めた僕に容疑者の佐嶋卓は友好的な口調で尋ねてきた。

「まずは一つ。佐嶋卓さん、あなたは本当に亡くなった津ヶ原水奈さんに仕える執事だったのですか?」

「勿論。俺は水奈お嬢様が生まれた日から亡くなられるまで……亡くなられた後も彼女の執事でした」

 それはまさしく今この時であるはず。しかし、という助動詞がこの発言を異質なものに変えていた。

「僕の思い違いでなければ、津ヶ原水奈さんは昨年の十月には既に亡くなっていたはずです。しかし、先ほど見た彼女の死体は死後数時間程度しか経っていなかったように見受けられました。これについてご説明いただけますか?」

「巻島さんがどの程度水奈お嬢様の事件に関してご存知なのか俺にはわかりかねますが、


 天空渚という同級生を自殺に見せかけて殺害し、

 緋色琴音という少女に事件の真相を暴かれた、


 それによって、警察組織に手を回してまで娘の悪事を隠ぺいした幹治様の顔に、津ヶ原家の名に拭いきれないほどの泥を塗った水奈お嬢様は死去という形で津ヶ原の戸籍からその名を消されました。しかし、流石の幹治様も実の娘を殺害するなど出来るはずもなく、書面上死亡した水奈お嬢様をご自身が所有するこの施設に隠遁させました。まさか、水奈お嬢様が本当に亡くなられてしまうとは夢にも思いませんでしたが」

「生きている人間を死んだことにさせた……津ヶ原幹治という男は軽々とそのようなことをやってのけてしまう力を持っているのですか」

「津ヶ原の家は膨大な人脈を有しています。幹治様は津ヶ原本家の党首。戸籍の改ざんなど赤子の手をひねるよりも簡単なことなのでしょう」

 フィクションの世界にしか存在しないと思っていた力を有する権力者が思いのほか近くに存在していたことに僕は恐怖を感じた。

「続いて、事件前後の行動についてお聞きします。大雑把で構わないので朝から今までの行動を教えてください」

「朝から正午までは現場となったあの家で家事を行っていました。12:00頃に水奈お嬢様と昼食を摂り、14:00前に買い出しのため施設の外へ」

「買い出しはお一人で?」

「先ほども言った通り水奈お嬢様は公には死亡しています。万が一にでも生きていることが知られれば再び幹治様の顔を汚すことになりかねません。水奈お嬢様もそれを理解されていたようで隠遁するようになってからはこの施設の外……あの家の周囲十メートルから外には出ていません」

「では、最後に津ヶ原水奈を目撃したのは買い出しに出る14:00前ですか?」

「いえ、昼食後に水奈お嬢様は自室に篭られてしまったので俺が最後に水奈お嬢様を目撃したのは13:30頃だったかと」

 まだ鑑識を呼んでいないので正確な死亡推定時刻を割り出すことは出来ないが、この証言を真実だとすると津ヶ原水奈があの場所に倒れたのは14:00前から、緋色さんから連絡のあった15:23のおよそ一時間半の間という事になる。

「ところで、佐嶋さん。随分と遠くまで買い出しに行かれていたようですね」

 僕は佐嶋さんが持っていたエコバッグの中身に目を向けて少し意地の悪い言い方でそう言った。

「ここから近くのスーパーまでは大人の足で10分と掛からない。それに、そのエコバッグの中身。洗剤や食材など量こそ多いですが、あのスーパーの規模を考えれば僕らと施設の前で出会う15:30までの一時間半も時間をかけて買い物をするとは思えないのですが」

「巻島さんの言う通りあのスーパーなら精々45分程度しか滞在しないでしょう。俺も30分程度で買い物を済ませ、隣接クリーニング店にクリーニングを依頼し、15:00過ぎにはここへ戻ってきていました」

「15:00ですか」

 だとするのならば、僕らと出会う三十分間に彼はどこで何をしていたのか。僕が聞くまでもなく、彼は自ら語りだした。

「買い出しを終え、ここの敷地に足を踏み入れてからあの家に戻るまでの間に俺は誰かが後を追われていました」

「誰か?」

「この施設で合宿をしている狩越学園の生徒でした。着ていたジャージが水奈お嬢様もお持ちになっている狩越学園の指定ジャージだったので間違いありません」

「でも、どうして生徒が佐嶋さんを」

「見ての通り俺の風貌は不審ですから高校生が興味本位で昨日、今日と俺を追って来たのでしょう。ただ、狩越学園の生徒という事は水奈お嬢様を知っている可能性が高い。その存在を知られてはならないと思った俺は家には向かわず敷地内を大きく迂回して追っ手を撒きました。その結果、あの家を見つけられてしまったのは計算外でした」

「なるほど、だから15:00頃には帰って来ていたはずのあなたが15:30に施設前で僕らと出会う状況が完成した」

 素直に納得の出来る証言ではなかったが、咄嗟に吐いた嘘にしてはあまりに雑過ぎてある意味現実的だった。

「最後に、津ヶ原水奈さんに対する恨みなんて……執事であるあなたが言えるはずないですよね」

「言えますよ。水奈お嬢様は本当に我儘なお方でしたから。俺が今こうしてここに居るのだって全てはあの人の仕業だ。水奈お嬢様が亡くなって一番得をするのは間違いなく俺だ。でも、俺は水奈お嬢様を殺してなんかいない。それだけは信じてくれ」

 佐嶋さんとは昨日、今日の付き合いではない。

 初めて会ったあの日から、毎日のように職務質問をした側とされた側を続けてきただけの仲でしかないが、俺は佐嶋さんが人を殺す人間には見えなかった。



16:08



「こ、琴音さんごめんなさい」

 目を潤ませてそう告げる音々子さんを遠くから睨みつける奈々子を見てしまった私はあまり良い予感がしなかった。

 そして、その予感は皮肉にも当たってしまう事を私はまだ知らない。

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