第19話

「ただいま」



 この場に存在するはずのない、しかし私の目にはしっかりと映っているその人物……天空渚は今年も霊体となって私の前に現れた。

「わたしが勝手に死んだせいで皆に迷惑かけちゃってごめんね」

「本当にそう思っているのならへらへらしないで」

「ゴメンとは思っているよ。これは本当」

 渚は大真面目にそう言った。本当にこの子は……真面目な顔が似合わない。

「緋色には一番迷惑かけたかも。明の事とか」

「明の事なら迷惑だなんて思っていないから。あんたとは比較にならないくらいしっかりとした子だから」

「知ってる。でもさ、アレは酷いと思う」

「あれ?」

「わたしのいない所でわたしの悪口フツー言わなくない? 一回忌? だよ、わたしの」

「違う。あれは悪口じゃなくて事実。あと、一回忌じゃなくて一周忌。一回忌はあんたの命日のことだから」

「ほ~ 緋色物知りじゃん」

「こんな知識、あと十数年は知りたくも無かった」

「ゴメンて」

 無意識に感情を乗せて発言してしまったのか、渚は申し訳なさそうにそう呟くと私の身体を抱きしめた。

 その手は力が入るどころか、私に触れる事さえ出来ていなかったが渚の気持ちはしっかりと私の心に届いた。

「さて、感動の再開はここまでにして」

「あんたを殺した犯人を殺した犯人を捜す?」

「正解」

「ちなみにあんた、今回も犯人知っているの?」

「マジでわからん。緋色が先週お墓参りに来た時からずっと緋色に憑いていたし」

「……ストーカー」



15:33



「考えられないことも無いけど、その可能性は限りなく低いわ」

 渚に対して投げたはずの言葉のボールをキャッチしたのは想定よりも早く現場に到着した華さんだった。

「津ヶ原水奈は去年の10月以降この施設から、もっと正確に言うのなら隠れ家としていたこの家を取り囲む森の中から出ていない。間違いない?」

「はい。水奈お嬢様のお世話は執事である俺一人に一任されています。もし仮にストーカーが居たとしても俺が気付かないはずがない」

「華さん、その方は?」

「マフィア」

 去年同様、私以外には姿も声も聞こえない事を良いことに渚は華さんと共に現場にやって来た身長190センチメートルはあろう大男に対しそう言った。

 本人は津ヶ原さんの執事と名乗ったが、黒い革ジャンに関羽のような長く逞しいあごひげ、先にも述べた190センチメートルを超える身長を見れば反社会的勢力との関わりを感じてしまうのは当然だった。

「彼は佐嶋卓さん。昨年9月に柏越に越してきて早々、私に職務質問をされた不幸な人」

「仕方がないですよ。俺がこんな風貌をしているのが悪いので」

「わかっているなら、ひげ剃って革ジャン着なければいいのに」

 私も渚と同意見だったが、分かっていてもそうしないのには彼なりに理由があるのだろう。

「それで緋色さん現場は?」

「マッキー、こっち」

 渚は巻島さんのことをそう呼んで事件現場へと案内したが、もちろん渚の声など巻島さんには届いていなかった。

「巻島さん、こっちです」

「ところでお嬢さん、この奥で亡くなっていたのは本当に水奈お嬢様で間違いないのですか?」

「一年前とはいえ数か月間はクラスメイトだったもの」

 それに加えて渚を殺害した犯人の顔を……

「忘れるはずが無い」

「そうですか。それは、残念だ」

 自分の主人が亡くなったと聞かされているのに、佐嶋卓という大男は取り乱すどころか、随分と冷静で私はそれが不審でならなかった。

「これは……」

「デジャブかと思うくらい、去年の事件現場そっくりね」

 場所と被害者以外はそっくりそのまま再現されているその現場を見ると犯人は……。

「犯人は水奈お嬢様が起こした事件を知っている者の犯行と考えるのが普通ですよね? 刑事さん」

「佐嶋さんの言う通り」

 華さんも佐嶋さんも私に視線はむけなかったが、マッキーもとい巻島さんに視線を向けられたことで、私が疑われているのだという事は容易に想像することができた。

「でも、容疑者は一人ではない。二人目の容疑者、佐嶋卓さん」

「二人目……。という事はやはり、こちらのお嬢さんが」

「亡くなった津ヶ原水奈さんに殺害された天空渚さんの幼馴染でその事件の第一発見者……」

「緋色琴音です」

「殺害された天空渚です」

「水奈お嬢様が殺害したお嬢さんの幼馴染ですか……辛い思いをさせてしまい申し訳ない」

 佐嶋さんはそう言うと私(と渚)に対して深々と頭を下げて謝罪した。

「今、辛い思いをされているのはあなたです。捜査にご協力いただけますか?」

「こ、琴音さん。捜査なら音々子も……協力する」

「アタシも、出来る事があれば協力するよ。ここに琴音たちを呼びだしたのはアタシだからさ」

「音々子さん、優美」

「報道部と黄色い稲妻……心強い仲間だね」

 もう一人の心強い仲間である幽霊が生き生きとそう告げていたが、そんな声が聞こえるはずがない巻島さんが水を差してきた。

「ダメだ。今起こっているのは殺人事件。探偵ごっこじゃないんだ」

「警察官として善良な市民に説教をするのは良いけど、私たちも勝手にやって来て勝手に捜査をしようとしているのだから手伝ってくれようとしている子たちの気持ちを無下には出来ないと思うけど?」

「華さんがそう言うのなら……ご協力お願いします」



15:42



 捜査は二手に分かれて行われることになった。

 一つは、私と華さんのペア。もちろんこっちのペアには戦力にはならないが渚もいる。

 もう一つは、巻島さんと優美、音々子さんのペア。華さんの指示で佐嶋さんの事情聴取を巻島さんが第一発見者の少女の事情聴取を優美と音々子が行うことになった。

「さて、事件現場を見て行きましょうか。どんな些細なことでも構わないから気が付いたことがあれば教えて」

「わかりました」

 華さんに言われるがままに現場の捜査を行うことになった私だが一体何をすれば良いのかはっきり言ってわからずにいた。

 そんな私とは違い渚は幽霊としての特性を存分に発揮して、現場を踏み荒らすことなく地面ギリギリを泳ぐように浮遊して証拠になりうるものを探していた。

「琴音さん、この場所に残るように言った私がこんなことを言えた事では無いのだけれど、平気?」

「人生二度目の知り合いの死体のことを言っているのでしたら平気です。もう一年以上まぶたの裏にあの日の光景が残っているので慣れました」

「それは、嫌な慣れ方ね」

 サラッと答えてしまった私に対して華さんは苦笑いをしながら答えた。

「あの……」

 会話が途切れ、シンとしてしまった空気に気まずさを感じてしまった私は口を開いた。

 が、その後に続けようとした言葉はこの場の雰囲気にあまりにも不相応だった。

「何か見つけた?」

「いえ、そうではなくて……」

 何故私は華さんに父親のことを聞こうとしたのだろう。今はその様な雰囲気ではないのに。

「これ、何だと思う?」

 気まずさを払拭しようとして気まずさを生んでしまった私に渚はそう問いかけてきた。

「足跡?」

 渚が見つけた足跡は家の裏口から森の奥に向かって伸びていた。

「見てきた。少なくとも津ヶ原さんのものではないと思うよ。あのマフィアの足跡でもないと思う」

 マフィアじゃなくて執事。

 華さんに虚空もとい渚と話している所を見られてしまったら厄介なことになりそうだからあえてツッコみはしないけど。

「何か見つけたみたいね。流石私の義妹。優秀ね」

 遠まわしに自分が優秀であると発言していることは少々気になるが、褒められるというのは悪くない気分だった。

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