第18話
三日前から待望の夏休みが始まり、年相応にはしゃいでいた私と奈々子のもとに夏休みの大半を所属するバスケットボール部の合宿に費やす優美から嫌な予感がムンムンと漂う連絡が入った。
11:30
優美 「頼みがある」
琴音 「断る」
優美 「まだ何も言ってないだろ⁉」
琴音 「絶対面倒」
奈々子 「上に同じ」
優美 「本当にヤバいから」
琴音 「話だけは聞く」
奈々子 「何があったの?」
優美 「課題忘れた」
琴音 「課題って……」
琴音 「夏休みの?」
奈々子 「夏やすみの?」
奈々子 「ごめんね。被っちゃった」
琴音 「気付くのが遅くない?」
奈々子 「合宿三日目だよね?」
優美 「この三日サボっていました」
琴音 「三日も一ヶ月も変わらないでしょ」
優美 「アタシもそう思ったけどさ」
琴音 「思ったらダメでしょ」
奈々子 「思っちゃだめだよ!」
優美 「コーチにバレたら練習どころか」
優美 「大会にも出られなくなる」
琴音 「自業自得ね」
奈々子 「自業自得だよ」
優美 「お前ら、今日はよく息が合うな」
琴音 「一緒に居るもの」
奈々子 「一緒に居るから」
奈々子 「音々子ちゃんも一緒だよ」
優美 「とにかく、持って来てくれ」
琴音 「自分で取りに戻ってくれば?」
優美 「だから」
優美 「コーチにバレたらまずいの!」
奈々子 「優美にしては大慌てだね」
優美 「当たり前だ!」
優美 「自分では言いたくないけど……」
優美 「『黄色い稲妻』試合出場停止!」
優美 「渚に顔向けできないだろ」
琴音 「それを早く言いなさい」
奈々子 「合宿先ってココだよね?」
奈々子が画像を送信しました。
優美 「何でわかるんだよ⁉」
優美 「……音々子か」
琴音 「時間が無いのでしょう?」
琴音 「課題はどこにあるの?」
優美 「学校の机の中です」
奈々子 「せめて持って帰りなよ」
琴音 「上に同じ」
優美 「すいませんでした」
12:15
なんだかんだ言っておきながら優美のことを見捨てることが出来なかった私たちは夏休み補習期間中の狩越学園に潜り込んで優美の課題を回収した。
「さっさと行きましょう。柏越行きのバスは一時間に一便しかなかったはずだから」
「きょ、今日だと……12:38発」
「今が12:03でしょ? 余裕だよ」
奈々子の言葉を聞いた私と音々子さんはお互いに目を見合わせて顔を歪ませた。
「奈々子ちゃん、今……12:15。柏越行きのバスが停まるバス停、歩いて30分」
「さっさと見つけてダッシュで向かうしかないと思うけれど?」
「じゃあ、急がなきゃだよ! 二人とも、走れ~!」
奈々子を先頭にして私たちは狩越学園の廊下を全力で走った。
幸運にも廊下を激走する生徒を注意するような立派な教員は本日の狩越学園には不在だったようで、私たちは何物にも止められることなく12:38発の
柏越青少年自然の家行きのバスに乗り込むことが出来た。
15:12
「奈々子、音々子さんそろそろ起きて」
「琴音ありがとう。起きていてくれたんだ」
「まぁ、出発早々に寝始める二人を見て居眠りしようとは思わないから」
二人がぐっすりと眠っている間にバスは山を一つ越え、磯の香り漂う港町を通り、私にとってはほんの少しだけ見覚えがある山奥の田舎町を走っていた。
『次は、柏越青少年自然の家。お降りの方はお知らせください』
「二人とも、降りる準備を」
降車ボタンを押した私に自分が押したかったとでも言いたそうな視線を送る小崎姉妹に呆れながら、三人分の交通費をスマートフォンのメモ帳に記録した。
交通費は帰りの分も含めてきっちりと優美に請求する。
そして、バスに揺られること三時間弱。私と奈々子それにあの事件以来、私たちと共に行動する機会の増えた奈々子の双子の姉である音々子さんは柏越青少年自然の家に到着した。
「うぅ、音々子酔った」
「奈々子も酔っちゃったかも」
「二人は少し休んでいて。私は優美を探してくる」
そう言って優美を探し始めた私だったが、二歩ほど進んで私だけが苦労をしていることに気が付いたが、気にしないことにした。
「優美!」
ちょうど休憩時間だったのか体育館と思われる施設の前でスポーツドリンクを飲んでいた優美を見つけた私は柄にもなく大きく手を振って呼びかけた。
しかし、私の声は直後に聞こえてきた女性の悲鳴によってかき消されてしまった。
「優美、待って」
一応、優美の耳には私の声も聞こえていたようで一瞬こちらの方に視線を向けたが、優美は叫び声の聞こえた森の奥へと駆け出した。
私も一呼吸遅れで優美の背を追ったが『黄色い稲妻』と呼ばれる程の俊足の持ち主である彼女の背はあっという間に遠く、小さくなってしまった。
15:17
「優美、琴音さっきの叫び声……きゃあぁぁぁ!」
優美を追ってやって来た私を追ってやって来た奈々子の叫び声を聞いて、私は目の前の光景を目の当たりにして呆然と立ち尽くしていたことに気が付いた。
地面に仰向けに倒れ、後頭部に大きな血だまりを作るその光景は今もまぶたの裏に残っている一年前のあの光景にとても良く似ていた。
「こ、琴音さん。倒れているあの人……」
私の隣へやって来た音々子さんは素早くスマートフォンを操作してある人物の顔写真と脈を測るまでもなく息絶えてしまっているその人物を見比べていました。
「見間違いだと思いたかったけれど、やはりそうよね」
一年前の渚の姿を模倣したように倒れ、亡くなっているその人物は一年前に渚をビルの屋上から突き落として殺害し、自身も去年の10月に死亡していたはずの
「津ヶ原水奈」
間違いなくその人だった。
「これは厄介な事件の香りがするね」
不謹慎にも楽しそうな口調でそう呟いたのは、叫び声をあげた第一発見者でも、その少女に寄り添う優美でも、両手で顔を覆いその場で腰を抜かしている奈々子でも、未だに得体の知ることの出来ない部活動である報道部の部員としての表情になっている音々子さんでも、もちろん亡くなっている津ヶ原さんでも、そして私でも無かった。
「優美はその子を合宿所に、音々子さんも奈々子を。私は警察に連絡をして現場を見張っておく」
「悪い。頼んだ」
「ここには誰も立ち入らないように伝えますが、万が一の時は音々子に連絡ください」
「大丈夫」
森の中に一人残った私は現状で最も頼りになる人物に電話をかけた。
『もしもし、中林ですが』
「琴音です。今すぐに来て欲しいところがあるのですが」
『今すぐと言われても、私も八重も職務中……』
「柏越青少年自然の家。確か、ギリギリ華さん達の管轄でしたよね?」
『そうだけど、何かあったの?』
「あくまで私の推測ですが、殺人事件です。被害者は津ヶ原水奈」
『八重、今すぐ車の用意! ……早急に向かう。私たちが着くまではどこにも知らせないように』
「わかっています。だから真っ先にお姉さんを頼りました」
『賢い妹を持って鼻が高いわ。二十……十分で向かう』
私の母親違いの姉である刑事の中林華さんとの通話を終えた私は大きく深呼吸をして、そろそろ無視しておくことは出来ない人物の相手をすることにした。
「ただいま」
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