緋色琴音 十七の夏
第17話
「明日で一年なのね」
だいぶ先の未来まで入居の予定は無かったであろう天空家の墓に手を合わせた私はため息交じりにそう呟いた。
天空渚、私の幼馴染であり私の最愛の人物である享年十五歳の少女は、
一年前の明日、同級生の津ヶ原水奈の手によって
殺される。
「あの光景、今でも忘れていないから……」
今もはっきりとまぶたの裏に染みついている。後頭部に鮮血の花を咲かせた渚の最期の姿はとても醜く、とても綺麗だった。
「あんたのせいでみんな迷惑しているから」
渚の墓に渚が居ないことくらい十分理解してはいるけれど、あの子の事だからもしかしたら
そこに居て、笑っている
かもしれないという淡い期待を抱きながら私は更に言葉を紡いだ。
「奈々子に音々子さん」
小崎奈々子と双子の姉の音々子さん。この二人には渚の死の真相を知るためにだいぶ迷惑をかけた。
奈々子には間接的とはいえ渚の死の真相を伝えてしまう形になってしまったし、音々子さんには証拠集めのために踏み込んではいけないようなところまで踏み込ませてしまった。
二人には謝っても謝りきることが出来ないだろうし、感謝してもしきれないほどの恩が出来た。
「優美」
東山優美。渚にとってたった数ヶ月だけの友人ではあるけれど、あの子はもう二度と捨てることの出来ない最初で最後の贈り物を優美に与えてしまった。
『黄色い稲妻』お世辞にも格好良いとは言えない通り名を優美は誇りとして堂々と名乗っている。
もし、化けて出る機会があるのなら是非とも優美に謝罪ともう少し格好の良い通り名を進呈してあげて欲しいと私は心から願っている。
「それに明」
天空明。渚のことを『いつもよくわからない』と表現した彼女だが、たった一人の姉を亡くした明こそ渚に最も迷惑をしているだろう。
「次に私の前に姿を現わしたら……」
夢か幻か、渚は亡くなってから四十九日の間、私の前にだけ姿を現した。
私はその時間で十分過ぎるくらいに自分の鬱憤は晴らした。
だからもしも……
次
そんな機会があるのなら……。
「ほら、やっぱりここに居た。一人だけでお参りなんてずるいよ。奈々子たちもい~っぱい渚ちゃんに話したいことがあるんだから」
「よぉ、渚。久し振りだな。お前には今日だけじゃ足りないくらい沢山話したいことがあるんだ。聞いてくれるか? いや、聞きたくなくても聞いてもらうからな」
制服を着て、笑顔でそう言っていた奈々子と優美の姿はいつも学校で見る光景に似ていたけれど、学校で話している時とは異なりその目には大粒の涙が溜め込まれていた。
渚と出会ってから突然の別れを迎えるまでのたった数ヶ月だけの付き合いとはいえ、ここまで渚の事を大切に思ってくれる友人がいることに私は涙をこらえることが出来なかった
「おいおい、何で琴音が泣くんだよ!」
「そう言っている優美だって泣いているでしょ」
「もうっ、二人ともそんな顔で言い合っていたら渚ちゃんに笑われちゃうよ」
渚の姿はどこにもありはしなかったけれど、渚の笑い声が聞こえた気がした。
きっと、間違いなく気のせいだけれど。
「渚先輩……本当に死んじゃったんですねぇ」
涙を流しながらも、渚の前だからと必死で笑顔を見せている私たちの後ろで一人の少女が虚ろな瞳でじっとりと渚の墓を見つめていた。
「渚先輩、森夏ですぅ。愛生森夏ですよぉ。いつもみたいにシンカーって呼んで、ギュゥって抱きしめてくださいよぉ」
この場の誰よりも大粒で、大量の涙を流しながら渚の墓に歩み寄ったその少女、愛生森夏は私と渚にとってもう一人の幼馴染で一つ年下の後輩だった。
「どうしてぇ? ワタシ、渚先輩に会いたくて……中学の時みたいに渚先輩と琴音先輩と一緒に遊んだり、勉強教えて貰ったりしたくて狩越学園に入学したのにぃ」
「森夏……」
奈々子と優美は声を掛けることが出来ず、私も森夏の名を呼んでハンカチを差し出す事しか出来なかった。
「ごめんなさい。取り乱しましたぁ」
「大丈夫。私もそうだったから」
森夏の姿を見て冷静になってしまった私は渚が昔やっていたように森夏のことを抱きしめた。
たった一年見ていない間に私の身長を追い抜かしてしまった森夏は鼻をすすりながら私をギュゥっと抱きしめ返してきた。
7/13 10:36
「琴音さん、わざわざ学校をお休みしてまで来て頂いてありがとうございます」
「気にしないで。どうせ、今日は学校に行っても勉強なんてする気にもならなかったと思うから」
とうとう一年が経ってしまった。
「やっと一年なんですね。お姉ちゃんがころ……死んじゃってから」
「明、ちょっとこっちへ」
周囲の目を気にして言葉を変えた明を連れ、私は天空家の親族からだいぶ離れた場所に向かった。
「明には一つ謝らなければならないことがある」
「お姉ちゃんを助けられなかったことなら気にしないで下さい」
「違う」
一年前、正確には約一年前。私は大きな判断ミスを犯してしまった。
「あの子を、明のお姉さんを殺した犯人を私は知っている。知っておきながら、直接会って本人の口から犯人であることを聞き出しておきながら、私は警察に伝えることなく見逃した。その結果……」
私の告白に明は呆気にとられていた。ポカンと口を半開きにしているその表情は姉である渚そっくりだった。
「その犯人って、去年の10月に」
渚を殺害した津ヶ原水奈は昨年10月に突如として……
「死んだ。らしいね。詳しくは知らない。知りたいとも思わなかった」
明は私を恨むだろうか? 怒るだろうか? 憎むだろうか? どんな感情がぶつけられても仕方がない。私はそれだけの失態を犯した。
覚悟はこの話をしようと思った瞬間に決まっている。
「琴音さんはお姉ちゃんを殺したその人に選択肢を与えた。そうですよね?」
「明? 恨まないの? 怒らないの? 憎まないの?」
「琴音さんがその人を警察に突き出せばその人は本当の意味での反省をする機会は得られなかったと思います。自らの意思で罪を償うか、罪を背負って生き続けるか選ばせる。とても琴音さんらしくて、お姉ちゃんらしいと思います。だから、わたしは琴音さんを恨んだり、怒ったり、憎んだりしません。絶対に」
明はにっこりと微笑み、ぷっくりと頬を膨らませた。
「でも、犯人に直接会ったことだけは許しません。琴音さんにまで万が一のことがあったら……」
「大丈夫。私には渚がついていたから」
嘘ではなく本当に。
「お姉ちゃんは役に立たないと思います」
「……それな」
不謹慎であることは重々承知しているが、天空渚の一周忌という場で私と明は大いに笑った。
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