第10話

 今一度伝えておくと、これは全て私の夢想。存在はしない記憶であり記録である。



***



「かんぱ~い」

「はい、乾杯」

 グラス同士が鳴らした音は無駄に広い密室の中で虚しく鳴り響いた。

「緋色、テンション低くない? クリスマスなのに」

「別に。いつも通りでしょ」

 私のテンションはいつも通り。むしろ渚がこの誰かの誕生日だか、降誕祭だか、わからない祭典に対して例年通り異様な浮かれ方をしているだけだった。

「ねぇ、広くない? この部屋」

 この部屋は昨晩、

「クリスマスパーテーしよう。明日。五人くらい呼ぶ」

 と言ってきた渚によって会場選びを押し付けられた私が予約したカラオケボックスの一室ではあるが、宴会ルームと呼ばれているらしいこの部屋に集まっているのはたった二人。退出予定の五時間後もその人数は変動しない。

「クリぼっちはわたしたちだけかー! こうなったら飲むぞー」

 酔っ払った父親の真似をわざわざマイクを使って演じた渚は手に持ったグラスの中身を一気に飲み干した。中身は酒ではなく水だった。

「そもそも、ぼっちでは無いでしょ。わたしたち二人だし」

「そっか。それじゃあ、二人でとことん楽しもうか」

 渚はそう言うと私に詰め寄りジッと私の瞳を見つめた。私が映る渚の瞳に吸い込まれてしまいそうになった私は何もかもを渚に委ねようと……。



***



 やり直し。



***



「そっか。それじゃあ、二人でとことん楽しもうか」

 渚はそう言うと私に詰め寄ってきたので両手でその身体を押し返した。

「声が出なくなるまで付き合ってもらうから」

「もち。最初からそのつもり」

 わたしたちは二人では持て余す五時間という時間を目いっぱい使って十八番であるロックから普段は絶対に歌うことのない可愛らしさ満載のアイドルソングや『黄色い稲妻』こと東山優美の十八番である演歌まで幅広いジャンルを全力で歌い、喉を潰した。

「お姉ちゃんも琴音姉さんもクリスマスに何しているの」

 クリスマスという誰かにとっては特別な日に声を潰した二人の女子高校生は意中の男性とのデートを終えて帰宅した女子中学生に憐れむような視線と共にそう告げられた。

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