scarlet dream 緋色琴音 十六の夢

第9話

 今から語る物語は実際には存在していない記憶。

 全ては私の脳内で繰り広げられる想像で、妄想で、夢想でしかない。



***



「お待たせ」

「遅い」

 朝から三十度近い気温の中、二十分も家の前で待たせられた私の前に幼馴染の天空渚はようやく現れた。が……。

「あんた……どうしたの?」

「? どうもしてないけど。いつも通り、イエーイ」

 渚は明らかにいつも通りではなかった。

「口紅、塗ったの?」

「これ? 明が誕生日にくれたやつ。良いでしょ?」

 私の記憶が正しければ去年の誕生日に渚の妹の明があげたものだったはずだけれど、今になって塗ったという事は昨晩あたりに偶然見つけでもしたのだろう。

「悪くない」

「緋色も褒めることあるんだ」

「当たり前でしょ」

「お姉ちゃんたち、学校遅れるよ。あと、お姉ちゃんお母さんの口紅勝手に使ったでしょ? お母さんめっちゃ怒ってた」

「明のくれたやつじゃなかった? これ」

「違う。あげたの紫色のやつだし。じゃあ、もう行くから」

 学校へ向かう明の背中を見送っている間に渚はブレーキ音がうるさいことで有名な天空家の自転車を引っ張り出してきていた。

「緋色は後ろね」

「あんたの運転は嫌」

「大丈夫、自転車講習受けたから」

 渚はそう言って講習を受講したことを意味するシールを指差したが、この自転車でその講習を受講させられたのは私だった。

「緋色、早く!」

「事故起こしたら許さないから」

「オッケー」

 世界……宇宙一信用の出来ない返事に不安を感じながら私は自転車に跨った。

「飛ばすよ」

「飛ばさないで」

 私の言う事など渚がまともに聞く訳もなく私たちは学校までの真っ直ぐな一本道を疾走した。



***



 あの日、何かが少しでも違っていたら……。

 先にも述べた通り、このような記憶は、記録は存在しない。そんな、もしもの話にもう少しだけお付き合いして欲しい。

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