第6話

「待たせてしまったかしら?」

「いえ、私たち……私もついさっき来たところですから」

 渚が私以外には視えていないことをすっかり失念してしまっていた私はうっかり一人称を複数形で言ってしまった。

「早速だけど、証拠を見せてもらえるかしら? こちらはあまり時間がないみたいだから」

「これです」

 私はポケットから音々子ねねこさんから借りているスマートフォンを取り出して着信履歴を中林さんに見せた。

「最後に何度も着信をかけているのは琴音さん?」

「これは私が渚を探すためにかけ続けた電話です。気になるのはその前」

「公衆電話? 通話時間は二分四十六秒」

「これは私の仮説ですが、天空は公衆電話から連絡をして来た人物に呼び出された。そして、ここへ連れてこられ、このビルの屋上から……」

 他でもない渚本人の証言を仮説として話していると、いつの間にかビルの屋上へ上がっていた渚がその証言を再現するようにビルから飛び降りた。

「うぅっ」

「あ、ごめん」

 何度見てもあまりに忠実過ぎる再現に吐き気を催した私に渚は謝罪してきた。

「琴音さん、大丈夫?」

「失礼、しました。少しあの日のことを思い出してしまって」

 渚にはあとで説教してやると心に決めて私は話を続けた。

「もう一つ、天空のスマートフォンについてです」

「確か、落下の衝撃で壊れていたとか……あれ?」

「天空の妹から聞いた話では、落下の衝撃で電源が入らないほど破損したと警察から説明を受けたそうです。それならどうして、私は落下したの天空と通話できたのか……スマートフォンのバイブレーション音を聴いて天空を見つけられたのか」

「まさか……何者かが破壊した?」

 中林さんが私と同じ仮説に辿り着いたまさにその瞬間、私のスマートフォンが震えた。



***



奈々子 「音々子ちゃんからの報告」

奈々子 「天空渚のスマートフォンの」

奈々子 「調査結果」

奈々子 「金属製の物で破壊されたと思う」

奈々子 「成分を考えると」

奈々子 「多分、鉄パイプ」

奈々子 「指紋もバッチリ出たよ」

奈々子 「渚さん、妹さん、琴音さん」

奈々子 「それと、



***



「嘘でしょ?」

「どうしてその発想に至らなかったのかしら? もし犯人がこの子だとすれば、全ての説明が付く」

 音々子さんが調査して発見されたもう一人の指紋の人物は……。



***



奈々子 「津ヶ原水奈つがはらみな

奈々子 「政治家、津ヶ原幹治つがはらもとはるの一人娘で」

奈々子 「琴音さん達のクラスメイト」

奈々子 「ちなみに」

奈々子 「渚さんが発見された現場は」

奈々子 「津ヶ原幹治が所有している」

奈々子 「ビルみたい」



***



「ただの高校生がどこから情報を仕入れたのかはわからないけれど、この子が言っていることは間違いなく本当よ。このビルに限らずこの地区はほとんど津ヶ原幹治が所有している。この辺りの防犯カメラの映像が事件当日分不自然に削除されていたのも、娘が犯人だからと考えれば辻褄が合うわ」

「でも、これだけじゃ」

「えぇ、残念だけど事件発生前後に津ヶ原水奈が渚さんと一緒に居たという確実な証拠が無ければ」

「天空と一緒に居た証拠?」

 一つだけ、心当たりがあった。

「琴音さん?」

「多分あります。天空が津ヶ原さんと直前まで一緒に居た証拠」

 私は現場から離れ、あの日、目の前に転がってきた空き缶を何気なく捨てたゴミ箱へ向かって走った。

「多分ここに」

 人がほとんど通らないこの場所に置かれたごみ箱の中身は一週間が経っても回収されることなく残っていて、あの趣味が悪い紫色の口紅がべったりと付いた夏に似合わぬお汁粉缶は

『待っていました』

 と言わんばかりにゴミ箱の中で輝いていた。

「これが、証拠?」

「これを鑑定に出してください。天空と津ヶ原さん二人の指紋が付いているはずです」

「これに気が付いていないという事はもしかしたら自動販売機の監視カメラにも」

 確実な証拠を見つけた私たちは全く顔が似ていないのに全く同じ笑い方をした。


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