第4話

「で、あんた何か思い出した?」

 わざわざ気分が悪くなってまで渚が死んだこの場所を訪れた本来の目的はそれだった。

「わっからん」

 とは言わせない。

「こんな誰もいない所へやって来る理由なんて無いでしょう? 自殺のだから」

「鋭いね。探偵になれるよ」

「誤魔化さずに答えて」

「思い出した。思い出したよ、理由」

 そう言うと、渚は自分のスカートのポケットをまさぐり、

 ワイシャツの胸ポケットを何度か叩き、

 しまいには身体中を叩き始めた。

「……無いわ、スマホ」

「持っている訳がないでしょう。あんた、霊体なんだから」

「あぁ、そっか」

「それで、スマホにここに来た理由があるの?」

 渚はコクリと頷いた。その目を見ればふざけている訳でも、嘘を吐いている訳でもないことは十分理解できた。

「教えて」

「呼び出された。電話で、ここに」

「誰から?」

「……わからない」

「本当は?」

「知ってる。でも、言ったよね、緋色にはって。だから、言わない」

 渚が言えば私は全てを知ることが出来るのに、言わないという事は、渚は私に何かの判断をゆだねようとしているのかもしれない。

 まぁ、そうではない可能性も捨てきれないが。

「あんたのスマホ、あんたの家にあるよね?」

「ん~ それは本当にわからん」

「じゃあ、明に聞くしかないか」

「聞くしかないね」

 私はスマートフォンを取り出してSNSソーシャルネットワークサービスが発展した昨今ではあまり使う機会のなくなってしまった連絡先アプリを開いた。

「家、お母さん、お父さん、……へぇ、連絡先は名前のままなんだ」

「うるさい。しばらく変えてないだけ」

 きっと、多分、絶対変える事は無いだろう。もう二度と使う機会は無くなってしまったけれど。

「渚自宅、渚母、明……これだけ?」

「あとはSNSで事足りるでしょ」

 でも、近いうちに奈々子ななこ優美ゆみの連絡先くらいは聞いておいても良いかもしれない。

「というか、あんたも同じでしょ?」

「ん~? 緋色と明だけかも?」

「あんた、友達いないの?」

 私が言えた事ではないか。

「緋色だけで十分。ダメ?」

「ダメじゃないけど。それだとあんた、生涯で友達私だけになるけど良いの? 奈々子と優美は入れたら?」

「あ~ うん。じゃあ、その三人で。ところで、さ。しないの? 電話」

「あ、忘れてた」

 たった数日だというのに渚とのやり取りがあまりにも懐かしく感じてしまっている私がいた。

『もしもし?』

 電話をかけると3コールとかからずに明に繋がった。

「明? 琴音だけど」

『琴音さん? 珍しいですね。電話なんて』

「うん。実は聞きたいことがあって」

『聞きたいことですか?』

「あの子のスマホって家にある?」

『お姉ちゃんのスマホですか? 確か、仏壇に……ちょっと待っていてくださいね』

 明は部屋に居たようで、電話を繋げたままドタバタと足音を鳴らして、天空家にはあと数十年は置かれることのなかったはずの仏壇が置かれている客間へ向かった。

『もしもし、琴音さんありましたけど……』

「どうしたの?」

 その声色はあまり良い報告では無さそうだった。

『警察の人曰く、落下の衝撃で壊れてしまったみたいで……。画面はヒビだらけだし、電源も付かないですけど』

「そうなのね。とりあえず、あとで取りに行くから少しの間だけ貸してもらえないかしら?」

『構いませんけど、どうしてですか?』

「あの子に送ってもらう約束をしていて結局送られてきていなかった写真のことを急に思い出して。とてもいい写真だったから」

『そうでしたか。でも、データが壊れているかもですよ?』

「データを復元できる知り合いがいるから頼んでみようと思って。出来なかったときは諦めるしかないからダメ元だけれど」

『わかりました。今日はずっと家に居るつもりなので、時間がある時にでも』

「ありがとう。感謝するわ」

 電話を切ると渚が不思議そうな表情で私を見ていた。

「緋色ってさぁ、明と仲良いの?」

「少なくともあんたよりは慕われていると思うけど」

「わたし、実のお姉ちゃんなのに」

「そういえば、もうすぐだったわね。誕生日」

「そう、八月七日」

「それまで居る?」

「さぁ? 神のみそ汁」

「神のみぞ知る。でしょ?」

「そうとも言う」

 迎えるはずだった十六度目の誕生日を私だけでも祝えたら、渚は喜んでくれるだろうか?



***



琴音   「奈々子の双子のお姉さん」

琴音   「壊れた携帯のデータ取り出せる?」

琴音   「スマホだけど」

奈々子 「出せると思うよ」

奈々子 「スマホ落として壊したの?」

琴音   「天空のだけど」

奈々子 「おっと、重い話の予感」

琴音   「重くないから」

琴音   「こんな壊れ方だけど大丈夫そう?」

琴音が画像を送信しました。

奈々子 「うわぁ、ボロボロじゃん」

奈々子 「ちょっと待ってね」

奈々子 「音々子ねねこちゃんに見せてくる」

奈々子 「お待たせ」

琴音   「どう?」

奈々子 「余裕だって」

奈々子 「でも……」

琴音   「何?」

奈々子 「それ、本当に落として出来た傷?」

琴音   「天空の妹から聞いた話では」

琴音   「警察にそう言われたって」

奈々子 「音々子ちゃんが言うにはね」

奈々子 「に壊されている」

奈々子 「落としたとかじゃなくて」

奈々子 「硬いもので思い切り叩いたような」

奈々子 「そんな壊し方」

奈々子 「だって」

琴音   「今から持って行っても大丈夫?」

琴音   「あと」

琴音  「復元までどれくらいかかる?」

奈々子 「一時間くらいだって」

奈々子 「すぐに来てくれて良いって」

琴音   「今から行くわ」

奈々子 「ねぇ、事件とかじゃないよね?」

琴音   「わっからん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る