第3話

「なんなの、あんた」

 渚の家で、

 渚を横に連れ、

 渚の遺影に手を合わせ、

 さっさと自分の部屋に帰った私は本来そこに存在するはずのない天空渚てんくうなぎさにそう尋ねた。

「さぁ? わからん」

「どうして私にだけえるの?」

「わからん」

「あの日、どうしてあんな所にいたの?」

「わっからん」

「自殺?」

「わからん」

「誰かに殺された?」

「わっからん」

「はぁぁぁぁ……」

 何を訊ねても同じ答えを言うだけの渚に心の底からあきれ果てた私だったが、何もわからないながらではあるが、一つ気が付いたことがあった。

「あんた、何かでしょ?」

「わっからん」

 実の妹である天空明てんくうめいよりも昔から渚と生きてきた私が、渚の嘘を見破れないはずがなかった。

「何を隠しているのかはわからないけど、あんたは何をの?」

「一つ、最後の食事がお汁粉だった事。一つ、琴音より先に死んで申し訳ないなって事。そして最後……」

 渚は真面目な顔をした。

 あまりに真面目な顔過ぎてまともなことは言わない事が容易に想像できた。

「緋色がエッチな黒いパンツを履いていること」

 あまりにしょうも無さ過ぎる上にムカついた私は手元の枕を渚に向けて思い切り投げつけた。

 しかし、霊体である渚に物理的な攻撃が効くはずがなく、投げた枕は渚の身体をすり抜けて壁に当たった。

「めっちゃエッチだった」

「うるさい!」

「むっちゃ派手だった」

「だ・ま・り・な・さ・い」

「ご、ごめん……。はい、お詫び」

 渚はそう言うと自分でスカートをめくってパンツを見せびらかしてきたが、あまりに質素なそれを見て私は何の感情も抱く事は無かった。

「あんたさ、どうして自分が死んだのか知りたい?」

 私は渚が誰かに殺されたと決めつけて、そんな質問を投げかけた。

「わからん。でも……わたしは緋色だけにはかな」

「そう……」

「出掛けるの?」

 部屋を出ようとする私に渚はそう訊いた。

「現場。実際に見たらあんた何か思い出すかもでしょ?」

「思い出さないかもだけど」

「その時はその時でしょ」

 私は渚と共に、渚が亡くなった事件現場へ向かった。



***



八重彦 「華さんの言う通りだった」

華    「じゃあやっぱり」

八重彦 「誰かが監視カメラの映像を消去した?」

華    「現場周辺を管理する人物を洗い出して」

華    「言うまでも無いことだけど……」

華    「

八重彦 「もちろん」

八重彦 「華さん……気をつけて」

八重彦 「誰かが僕らを監視している」

華    「いつものことでしょ?」

華    「警視総監の息子が見張られているのは」

八重彦 「そうだけど」

八重彦 「無茶なことはしないでね」

華    「八重は昔から心配性なんだから」



***



「誰かいるけど」

 現場を訪れると見覚えのある制服を着た少女があの日、渚が倒れていた場所を見つめていた。

「えっと……津ヶ原つがはらさんだっけ? 同じクラスの」

「あら? ごきげんよう。こんなところで奇遇ですわね」

「津ヶ原さん、知っているの? そこで……その場所で天空が……」

「えぇ、緋色さんも仲の良いお友達を亡くされてさぞ辛いことでしょう。お気持ちお察しいたしますわ」

「あなたみたいなお嬢様がわざわざお参りに来てくれるとは思わなかった。きっと、天空も……」

「喜んでくださっているかしら?」

 優しく微笑みながら現場を見つめていた津ヶ原さんには目を向けず、私は渚の方を視た。

「……」

 多くの人物から良くも悪くも表情が読み取れないと言われていた渚だったが、私がこの子の表情を読み取ることが出来なかったのは今回が初めてだった。

「緋色さん、ワタクシこれで失礼させていただきますわ。また学校で会いましょう」

「うん、また」

 津ヶ原水奈つがはらみなという少女がお嬢様であることは噂程度に知っていたけれど、本当に立ち振る舞いまでしっかりとしたお嬢様なのだと感心しながら、初めて話した同級生の背中を私は黙って見送った。

「仲、良かったの?」

「わから……全然」

 一瞬、津ヶ原さんとの関係性を隠そうとした渚はわざわざ言い直してそう答えた。

「ここで、死んだんだね」

「そうみたい」

「憶えていないの? 落ちた時の事とか」

「やってみようか?」

 さっきまでの真面目な雰囲気はどこへ行ってしまったのか、普段通り生き生きと……死人としては大間違いの振る舞いをした渚はふよふよと宙を舞ってビルの屋上へ上がった。

「ここ、だったかなぁ~?」

 小さく呟いた渚の独り言がはっきりと聞こえるくらい、この場所は静かだった。

「行っくよ~」

 そう叫んだ渚は丁度、渚の横幅と同じくらいの長さ朽ち果てていた柵と柵の間から胸を張るようにして飛び降りた。

 その様子はまるで、誰かに突き落とされたようにしか見えなかった。

「やっほー」

 ふざけているのか、落下の間に身体の向きを変えて天を見上げた渚はそう叫びながら、物理法則を無視してビルの屋上まで上がったとは思えないほど、忠実に物理法則を守って地面へ落下衝突した。

 その姿は、私があの日見た渚の姿だった。

「うぅっ」

「ごめん。リアル過ぎた?」

「水買って来る」

「いってら~」

 もう少しくらいは心配くらいしてくれても良いのになんて、ないものねだりをしながら私は近場の自動販売機まで水を買いに向かった。



***



 左手で口を押えながら気分が悪そうに歩いていく琴音の姿をわたしは申し訳ないことをしたという気持ちで見つめる事しか出来なかった。

「忠実に再現しすぎちゃったかな?」

 次はもう少しマイルドに飛んでみよう。


「いえぇぇぇい」


 次。


「ふうぅぅぅ」


 もっかい。


「バンジー」


 どうして?


 何度やってもわたしの身体はあの時と同じように飛んでくれなかった。

「琴音……太陽が綺麗……」

「綺麗? 鬱陶しいだけでしょ」

 わたしの遺言に対してさっきよりはほんの少しだけ顔色が良くなった様子の琴音が返事をくれた。

 はまだ分かってくれていないみたいだけど。

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