第45話 同行する者

「ということで私は事情を知っているし、役に立つと思うんだ。だから、そろそろ教えてくれないかな。今、二人が話していたことをね」


 リックスは笑ってそう言った。


「……お断りします、と言いたいところですが、どうやらそれも難しいようです。ここで断ったところで、どうせご自分で調べようとしてしまうでしょうし」


「分かってるじゃないか、大尉。その通りだよ」


 リセムスは長い溜息をついたあと、メレンケリにこれまでのことを説明するように言った。


「――アージェ、説明を頼む」

「分かりました」


 彼女は頷き、リックスにこれまでの経緯と、リセムスに話したようにサーガス王国で起こっていることや、封印の石のこと、そしてまじない師のことを簡単に説明した。


「もうここまで来たら、後々外交問題にも発展するかもしれません……」


 メレンケリがリックスに全てを話し終えた後、リセムスが重い口調で言う。


「ああ、そうなるだろうね」


 リックスは頷く。だか、こちらはなんだか楽しそうだ。


「でも、その前にまじない師だな。その人に会わないことには『封印の石』は手に入らないし、そもそもその人が持っているかもまだ分からないんだろう?」

「はい」

「やはりそうなると、グイファスを直接行かせた方がいいのでしょうね……」


 リセムスが困ったように言うと、リックスは強く頷いた。


「当然だ。ジルコ王国だけの人間が行って『まじない師は封印の石を持っていなかった』と言っても、納得がいかないだろう。彼には自分の国の未来がかかっているのだから」


「でも、上層部は納得してくれるでしょうか?」


 メレンケリが言うように、上司にサーガス王国の蛇の話をしても信じてはくれないだろう。

 するとリセムスが意見を出す。


「この際、勝手に行かせましょう。アージェが御父上からもらったという地図を彼に渡すのです。そうすれば、上層部は彼がようやく目的のために動き出したと分かって喜ぶかもしれません。元々、泳がせるつもりであそこに住まわせているのですから」

「そうだな――悪くはない」


 リックスが頷いたとき、メレンケリはおずおずと手を挙げた。


「あの……」

「どうした、メレンケリ」


 二人の視線が彼女に集まる。


「私が彼に同行するのはいけませんか……?」


 リックスとリセムスは顔を合わせる。


「どうして?」


 リセムスは当然、驚いたような心配するような表情を向ける。

 グイファスの監視役を嫌だと思っていたことを知っているだけに、メレンケリが自ら「同行したい」と言うとは思わなかったのだろう。

 メレンケリは彼のその気持ちを理解しつつも、まことのような嘘を口にした。


「……思うに、私が行った方が、話が早く進むのではないかと思います。先ほども申し上げましたが、そのまじない師は私の右手の手袋も作っている方です。今まで父がその方とやり取りしてきたようなのですが、山奥に住んでいるくらいですから、きっと気難しい方でしょう。もしかすると、見知らぬ人は会ってくれないかもしれません。ですが、私と一緒だったらグイファスの話も聞いてくれるかも……と思ったのですが……いかがでしょう?」


 暫しの沈黙ののち、リセムスが頷いた。


「確かに……それはあるかもしれないな。行って門前払いされたのでは困る。チャンスは生かさなくては」

「そうですね……。ずっと山に住んでいらっしゃるというからには、気難しそうなのは想像に難くありません」

「しかし、グイファスと共に一緒に付いて行くというか? メレンケリにそれが出来るのか?」


 リックスの問いに、メレンケリは迷わず頷いた。またとないチャンスである。


「はい。問題ありません」


 しかし、リセムスが異論を唱えた。


「待ってください、私は心配です。グイファスとアージェ……たとえ特殊能力が彼女にあったとしても、登るのは山ですよ、山。丘と違うんです。道中怪我をしたらどうするんです? それに、万一グイファスを取り逃したら? それについてもちゃんと考えて居ますか?」


 メレンケリは出された心配事に、小さく反対する。


「それはない、と思います……」

「本当に、本当ですか? グイファスは『封印の石』を手に入れたら、ここに戻ってこないかもしれませんよ」

「……」


 メレンケリは項垂れた。確かにそれは、はっきりと「そんなことはない」とは言い切れない話である。グイファスが話したサーガス王国の現状は事実と考えてもよさそうだが、『封印の石』を手に入れたらジルコ王国から逃げ出さないという確証はない。


「……それは――」


 問い詰めれるメレンケリに、リックスは助け船を出した。


「大尉は過保護だな。部下を信頼したらどうなんだ」


 軽く言ってのける彼に、リセムスは言い返した。


「過保護とはなんですか! 信頼だってしていますよ? でも心配なんです! それのどこが悪いんですか」

「悪いとは言ってないけど。――そんなに心配ならマルスも一緒に行かせたらどうだ? な、メレンケリ。それだと少し安心だろう」


 リックスの提案に、メレンケリは目を丸くする。マルスがいてくれたら、それは勿論心強い。


「マルスさん、ですか? そんなこと出来るのでしょうか?」

「私が何とかする」


 安請け合いをするリックスを止めるように、リセムスは声を上げた。


「少将!」


 だがそれを遮るように、メレンケリはリセムスの方を向いて頭を下げた。


「大尉、心配して下さってありがとうございます。でも私は、大丈夫です」

「アージェ……」

「決まりだな」


 リックスにこう言われてしまえば、覆すことは不可能である。リセムスは諦めたようにため息をいた。


「あとは、上層部になんと伝えるかだなぁ。メレンケリが付いて行くとなると、グイファスに勝手に行け、とは言えないだろう」


 するとリセムスが、渋々とこんなことを呟いた。


「でしたら、いっそのこと『北の山に行く』とだけ伝えたらよいのでは?」

「どういうことですか?」

「グイファスが欲しいのは『封印の石』でしたよね。封印の石のことは上層部には伏せておいて、彼が手に入れたかったものが山にあるとだけ伝えておけばよいでしょう。それで、メレンケリがグイファスと共に山に登る。これなら山にある宝石を取りに行くとでも思わせられるのでは?」

「リセムスは、時々悪いこと考えるよな」


 リックスが大尉のことを名前で呼び、感心した声で言った。すると彼は鼻を鳴らす。


「あなたほどじゃありません。それで、どうします、アージェ。この作戦で行きますか?」


 異論はなかった。彼女はすぐに頷く。


「はい。よろしくお願いします」


 こうして次の日、メレンケリ、グイファス、マルスはまじない師のいる北の山へ赴くことになったのである。

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