第44話 たった一人

 メレンケリとリセムスは一度視線を合わせる。


(誰だろう……)


 入って来る人物によっては、都合が悪い。

 しかし黙っているわけにはいかないので、リセムスは返事をした。


「はい、どうぞ」


 すると、その者は部屋へ入って来ると軽い挨拶をした。


「失礼、お邪魔するよ」


 客人が誰か分かると、リセムスが微妙な表情を顔に浮かべる。


「リックス少将……」

「え? リックス少将……?」


 メレンケリは振り向いて、客人の方を向いた。

 しかし、彼女は彼の姿を見て眉を寄せる。それは、少将ともあろう人が、下士官の制服を見にまとっていたからである。


「何故、その恰好なのですか……?」


 その問いに対し、少将は後ろ手に扉を閉めながら答えた。


「上に見つかると面倒なんでね」

「……またですか」


 リセムスは小さく呟き、左手で自身の額を覆う。その一方で、リックス・レイダルは楽しそうに笑った。


「ところで、何だか面白そうな話をしているみたいだけど。私も混ぜてくれないかな?」

「立ち聞きしていたんですか?」


 リセムスが顔を上げ、珍しく怒ったような声で問う。しかし、リックスは彼の様子を異に返さず飄々ひょうひょうとした様子で返した。


「まさか。そんな野蛮なことはしないさ。でも、扉を開けてリセムスとメレンケリがいたら、面白そうな話にきまっているだろう」

「……」


 困った表情を浮かべたリセムスに、メレンケリはおずおずと聞いた。


「大尉、もしかして少将は……」

「ごめん、アージェ。彼はグイファスのことを知っている」

「そうなんですか……?」

「うん。本当にごめん」


 申し訳なさそうに言われ、メレンケリは慌てた。


「あ、いえ、責めているわけでは……。私は別に構いませんよ」

「私もいっこうに構わないよ」


 笑って言うリックスに、リセムスはぴしゃりと言い放つ。


「少将が知っているというのは、私にとっては不都合ですよ」

「そう怒らないでよ、大尉。私も役に立ちたいんだよ」

「役に立ちたいって……、少将はそろそろ国境の番人イーガルド・フォーの任務に戻らないといけないころでしょう?」

「うん。でもそれは、君たちの話を聞いて判断するよ」

「え?」


 リセムスとメレンケリはそっと視線を交わす。お互い、少将の言っていることが理解できていないことを確認し合った。


「どういうことです?」


 リセムスがリックスに視線を戻して尋ねると、彼はこう答えた。


「我々が捕まえたサーガス王国の要人は、どうやら困っているようじゃないか。それについて、そろそろ動きがあるころではないかと思ったんだけど、違う?」


 リックスの予想に、リセムスは眉をひそめる。


「やっぱり立ち聞きしていたんでしょう」


 リックスはリセムスのその問いに答える前に、部屋にあった木の椅子を引っ張って座った。


「いいや、していないよ。でも、面白そうな予感はするんだ」

「では、少将は彼に力を貸すというのですか?」

「もちろん」


 さらりと言ってのけるリックスに、リセムスは強く問うた。


「何を根拠にそう仰るのです?」

「彼、サーガス王国の要人のはずだけど、どうもジルコ王国に対しては敵対心がないよね」


 リックスはメレンケリを見て、尋ねる。


「は、はい……」

「なんでそんなこと分かるんですか」


 むすっとした表情で尋ねるリセムスに、少将は笑って答える。


「もし、この国を何とかしようとしているのであれば、もっと壮大な計画をするんじゃないかと思うんだ」


 メレンケリは小首を傾げた。


「壮大な計画?」


「私がジルコ王国に攻め入ろうとするなら、この国の穴を探す。どこを攻めたら効率がいいのか考えるんだ。だが、グイファスの行動はどういうわけか、そういう調査を行っているようには思えない。その上不可解な点が多すぎる。何故見るからにサーガス王国出身だと分かるような男が、堂々と貴族の屋敷に向かったんだ? おかしいと思わないか」

「……」


 メレンケリはリックスに言われたことを考えてみた。

 言われてみると、サーガス王国はジルコ王国と違って、様々な人種が暮らしている国である。そのため、ジルコ王国の人々のように肌が白っぽく、髪や瞳の色素が薄い人たちもいるのだ。よってグイファスのような、「いかにもサーガス王国の人間」がジルコ王国に入るよりも、もっとジルコ王国の人種に似たような人間を入り込ませた方が都合が良かったはずである。だが、サーガス王国ではそうしなかった。


 それが「おかしい」とリックスは指摘したのである。


 メレンケリは頷いた。


「確かにそうですね……」

「それに、普通ならば仲間がいるだろうけど。どうなのかな」

「もしかして、街に彼の仲間が潜んでいるってことですか?」


 メレンケリが尋ねると、リックスは笑って言った。


「だけど、街ではなんら変わった様子はない。グイファスが捕まってから警備が厳しくなったようだけど、何も問題はない。だろう?」

「そうなんですか?」


 メレンケリはリックスから視線を動かして、リセムスを見て確認する。

 すると彼はため息をつきつつも諦めたように答えた。


「ええ、何も変わったことがないようですよ。『異常なし』。連日、それしか報告が上がってきません。私たちはグイファスの仲間が、彼を助けるために何か騒ぎを起こすのではないかと予想していたのですが、その気配が全くないんです。それだけでなく、彼を匿っていたというような人たちもいない」


「じゃあ、グイファスは本当に一人で?」


 メレンケリがリックスに問うと、彼は「それに近いと思う」と答えた。


「仲間はいたかもしれないけれど、多分お互いが捕まったとしても放って置く、もしくは見捨てる、と考えていたんじゃないかな」


 それはつまり――。


「もしかして、ジルコ王国と争わないためですか? たとえ自分たちの目的が果たせず、死ぬことになったとしても構わなかったということですか」


 メレンケリが問うと、リックスは頷いた。


「私はそう思っているけどね」


 それに対し、リセムスも渋々と頷いた。


「ええ。どうやらそのように考えてもいいのかもしれません。油断は出来ませんけれど」


「そんなに必死で……」


 メレンケリは呆然とした。


 彼はたった一人で、国の一大事を何とかしようとするためにこの国に来たという。「封印の石」を探すために必死で、貴族の家に忍び込んで犯罪者となっても、彼はずっと希望を見失わずにいた。敵はジルコ王国ではない。だからこそ、どんなことをされても、メレンケリに脅されても、逆上することもなかった。ただ淡々と、一日一日を過ごし、ずっと機会を伺っていたのだ。

 その強い信念に、メレンケリは驚かずにはいられなかった。

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