第2章 灰色の花 <グレイ・ミュゲ>

1、まじない師、フェルミア

第46話 北の山

 メレンケリは、リックスとリセムスと話をした翌々日に、まじない師がいるという北の山へ赴くこととなった。


 この日は彼女にとっては珍しく、まだ空が薄暗い早朝に家を出て軍事警察署へ出勤した。そこでマルスと合流し、彼と共にグイファスを監視しながら目的地へ向けて出発したのである。




「マルスさん、ついて来て下さってありがとうございます」


 メレンケリは、軍事警察署が見えなくなってきた辺りでお礼を言った。それは付いてきてくれたことへの感謝もあったが、申し訳なさもあってのことである。どうにも、彼女の右隣を歩く彼の表情が険しいのだ。


 空は曇り空ではあるが、日が高くなるにつれてその表情が一層はっきりと見える。マルスは眉間に深い皺を刻み、真っ直ぐ前だけ見つめてズンズンと歩くだけ。それを見れば、やはりこの同行に同意しないまま付いて行かされたのではないか、ということが彼女のなかで推測された。


「そんなお礼を言われるようなことじゃないよ」


 マルスは彼女の言葉にすぐに柔らかな笑みを浮かべた。しかし、それは表面上のものであって、奥には隠しきれない苛立ちがある。


「でも、他にお仕事もあったでしょうに……」


 メレンケリは、肩をすぼめて小さな声で呟いた。

 この状況において、彼女にとってはこれ以上のない最高の人選だったが、マルスに険しい顔をさせてまでやってもらうべきものでもなかったと反省していた。

 するとマルスは、それについてはっきりと否定する。


「仕事のことなんて、本当に気にしなくていいんだ。別の人に押し付けて来たから問題ない。それに、リックス少将が上手くしてくれてると思うし」

「リックス少将とは?」


 グイファスは、マルスの右側から尋ねた。するとメレンケリに向けられていた柔らかな表情が、途端に再び険しくなる。


「あんたはいいんだ、聞かなくて」

「それもそうですけど……」


 少し残念そうにするグイファスに、マルスは「それよりも、聞きたいことがあるんだが」と言って話題を変えた。


「何でしょう?」

「サーガス王国で起こっている大蛇の話って、本当なのか?」


 その問いに対し、グイファスはすぐに頷いた。

「はい、本当です」


 マルスは自分よりも少しだけ背の高いグイファスの顔を、ジロリと見つめる。その様子は、まるで隠れた偽りを探すかのようでもあった。


「あの……、何か?」


 困ったような笑みを浮かべるグイファスに、マルスは舌打ちをする。


「俺は信じていないからな。あんたがここから逃げ出すための嘘なんじゃないかって、今でも思ってる」


 自身の態度を包み隠さず見せるマルスに、グイファスは素直に同意した。


「無理もありません」

「あっさりと認めるんだな」

「信じろという方が無理なことだと思っていたので……。ですが、今回は幸運でした」


 グイファスは、自分の話は信じてもらえなくて当然だと思っていた。

 実際、メレンケリに話をしたときも、これほど事が上手くいくとは思っていなかったのだ。そのため、今自分が「まじない師」がいる北の山に向かっていることさえも、夢なのではないかとさえ思ってしまう。


(メレンケリは異能を持っていたから、ある程度大蛇の話も受け入れてもらえたけれど、もし彼女がいなかったら私はどうなっていたか分からなかった……)


 もし、メレンケリが話を聞いてくれなかったら、「支離滅裂なことを言っている」と一刀両断されたかもしれない。ジルコ王国には呪術師がいないと分かっていたので、信じてもらえる見込みはほとんどないと思っていたのである。


 そのためグイファスは、「自分はつくづく幸運だった」と思っていた。

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