第41話 呪術師とまじない師
(父上は、答えてくれるだろうか……)
メレンケリは分からなかった。今まで様々なことを語らずに来た父である。今日は自分のことや、『石膏者』のことを話してはくれたが、この手袋から呪術師についてどこまで聞くことができるのかは、未知の領域だ。
「お前がこの手の質問をするのは、意外だな」
父は驚いているようだった。表情は硬いままだったが、メレンケリはそう思った。
「今まであまり考えないようにしていましたから」
「……そうだな」
「……」
「この手袋が石にならないことが、不思議か……。それにしても、今までよく気が付かなかったものだ。寧ろ、どうして関心を持ったのか、そちらの方が気になる」
父がメレンケリに答えを求めていた。
彼女はその問いに、グイファスのことを言うわけにはいかなかったので、マルスの話を持ち出した。
「今日マルスさんに、その右手は石にできないものがあるのかと、聞かれたんです。その時自分は石にならないのは当たり前だったのですが、ふとこの手袋も石になっていないことに気が付きました。それで、気になったのです」
「……」
父はじっとメレンケリを見つめた。まるで話した内容が事実かどうかを見定めるようだった。
(気づかせてくれたのはグイファスだけれど、嘘は言っていない。マルスさんとの会話も本当にあったことだもの)
「……そうか」
長かったのか、短かったのか。メレンケリにはよく分からなかった沈黙の時間は、父のその言葉で破られた。そして彼は言葉を続けた。
「その手袋は、まじない師が作ったものだ」
「まじない師?」
グイファスが言っていた「呪術師」ではないらしい。
「この街の北にある山奥にその人は住んでいて、まじないをかけた道具を生み出してくれる。アージェ家では、子供が生まれる前に、まじない師に右手用の手袋作ってもらい、生まれた瞬間からはめるようにしている」
「生まれた、瞬間から……?」
「右手に力が宿るのはいつで、どの子なのか不明だ。さっきも言ったが、力の継承者は私が決めるのではない。力自身が力を宿した私の子供から選ぶ。そのため他の者に危害が及ばぬよう、力が出現する可能性があるまでは、必ず手袋を付けるようにしている」
「それじゃあ兄上も、生まれたときは手袋をかけていたということですか?」
ガイスは頷いた。
「そうだ。メレンケリが生まれ、力が発現するまではな」
「そんなことがあったなんて……知りませんでした」
まさか、兄にもそのような時期があったとは。
メレンケリはトレイクと歳が三つ離れている。ということは、三歳までは右手に手袋を付けて生活していたということだ。それはメレンケリにとって驚きであり、不思議な感じがした。
(それじゃあ、お兄ちゃんも私が生まれるまでは、人と距離を置いていたというの?)
手袋をかけていたということは、メレンケリと同じような生活をしていたのではないか。万一、力が発現し、触れた人を石にしてしまわないように、気を付けていなければならなかったのではないか。それはきっと辛くて、大変だったに違いない。
メレンケリは次から次へと幼少期の兄のことを想像する。
しかしそれをガイスの冷たい言葉が停止させた。
「知る必要のないことだ」
「……」
「力が発現しなかった者の過去を考えても、
投げやりな言い方に、メレンケリは苛立ちを覚えた。
自分は今までこの力のせいで苦労してきた。だからこそ、兄の幼少期の大変さを想ってやっていたのである。
「何故です」
それがいけないというのは何故なのか。仕方がないとはどういうことなのか。問い詰めるように、低い声で尋ねると、ガイスは意外なことを口にした。
「虚しくなるからだ」
「え……?」
「トレイクの幼少期は、確かにメレンケリと同じような生活だった。甘えたい盛りに、母親にも抱き付けない。お陰で夜泣きが酷かった。それくらい辛い思いをさせたことは分かっている」
「では、何故?」
しかし、ガイスはその問いに対する明確な答えはくれなかった。
ただ一言、
「それはトレイクを見ていれば分かることだ」
と言うのだった。
答えをはぐらかされたと思ったメレンケリだったが、彼は意外なことにこう続けた。
「どの子に力が宿っても、私はメレンケリにしてきたことを同じようにしただろう。トレイクであろうと、スミナルであろうと。それは、あまり幸せなことではないが、仕方のないことだった」
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