第42話 手袋を作った者

 そのときふと、メレンケリの中で一つの疑問が浮かんだ。


「父上、一つお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか」

「なんだ」

「もし、父上が母上と結婚せず、私たちが生まれなかったら、その力はどうなったのでしょうか」

「それはつまり、私が独り身でいたらこの力が消えたのではないか、ということだな」


 遠回しに言ったつもりだが、分かりやすいように言い直され、メレンケリは渋々と頷く。


「……そうですね」


 するとガイスはため息まじりに答えた。


「それは分からない。だが、結局は誰かが継承していくことになるだろう。今まで血族を選んできたということであれば、きっとこの力はアージェ家に関係する者が継いでいくことになる。力が継承者を選ぶくらいだ。それには私たちには分からぬ自我があり、見えぬ意思があるということだろう」

「意思ですか」

「ああ」

「……」


 メレンケリは自分の右手をじっと見つめた。

 兄に力が発現しなかった、ということは、自分がこの力に選ばれたということだろう。


 しかし、何故?

 何故、自分だったのだろう。


 メレンケリは自分のなかで、右手に宿る力に問うた。だが、答えなど返ってくるはずもなく、虚しく己の問いが自分の中で木霊するだけである。


「話を戻そう」


 ガイスは言った。


「メレンケリが生まれたときも同じように手袋を作ってもらった。そして、右手に力が出現したことを確認したとき、成長に合わせた手袋を作ってもらうように頼んだ」


 つまり、まじない師は今でもアージェ家と交流を続けているということだ。

 メレンケリはゆっくりと息を吐き、勇気をもって父に聞いた。


「父上、私がその方には会うことはできますか」


 ガイスはメレンケリが何を考えるのか定めるかのように、ゆっくりとその理由を聞いた。


「会ってどうする?」

「話をしてみたいです」

「どんな?」

「どんなと言われても……」


 メレンケリは俯いた。


(話せない……)


 まじない師はグイファスが探している呪術師とは違うかもしれない。

 しかし、メレンケリの力を抑える手袋を作るというからには、封印の石は無理でも何か知恵を貸してくれるかもしれないと思っていたのである。


 だから話がしたかった。

 だが、そんなことは父には話せない。


(自分のことを言って誤魔化そうか……)


 それも思ったが、言っても父に「まじない師に聞く必要はない」「私に聞けばいい」と言われそうな気がした。

 これは自力で探すしかない。メレンケリが諦めたときだった。父が口を開いた。


「そんなにまじない師に会いたいというなら、後で地図を写してやろう」

「え?」


 メレンケリは驚いて顔を上げる。


「行きたいのだろう? だったら、止めはしない」

「ありがとうございます……」


 先程問い詰められたはずなのに、急にあっさりと話が通ったので、メレンケリは目をぱちくりとさせていた。するとその様子から、娘が何を考えているのか分かったのだろう。彼は言葉を付け加えた。


「手袋を修理する必要が出たら、今度はお前一人で行く必要があるだろう。それに――」

「それに?」

「その人は、私よりもその力については詳しい。何か知りたいことがあるなら、そのまじない師に聞きなさい」


 父はそう言うと、机の方を向いて再び木をいじりだした。もう話すことはない、という態度だった。


 メレンケリはもう一度父に感謝の言葉を述べると、彼の部屋を出た。ドアを閉めそこに背を預けると、大きく深呼吸をした。


(思ったよりも、色々な話が聞けたみたい……)


 父が自分の過去を語ったり、『石膏者』という仕事のことやまじない師の話をしてくれるとは思わなかった。


(グイファスのお陰だわ……)


 自分ひとりだったら、きっと聞いていなかった。聞こうとも思わなかった。

 メレンケリは左手首をそっと右手で触れると、父の部屋を後にした。

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