かつての友人※供養編その2 

 リーア・カミングの遺骨は、集団墓地にあるカミング家の墓に納められている。麦の収穫を過ぎた頃、私は彼女の墓を訪れた。私が「カーバンクル保護の会」に彼女を誘ってしまったばかりに、彼女は狂ってしまった。いざ墓碑銘を見ると、自責の念が湧いてきて、胸の内が苦しくなる。

 「カーバンクル保護の会」を辞めた私は、活動に費やしていた時間をそのまま勉強に使った。その甲斐あって、私は国立医大に進学した。夢は獣医となって、たくさんの生き物を助けることだ。

 動物を想う気持ちは、昔も今もずっと抱いている。道を違えた友リーアとは違う形で、動物を救いたいのだ。視野狭窄で過激な活動ではなく、医学の力によって。


「ごめんねリーアちゃん。私が誘ったばっかりに……」


 墓石に向かって、私はそっと語りかけた。生暖かい風が、私と墓石の間をやんわり吹き抜けていった。

 保護の会に身を置きながら、だんだんと会の空気に耐えられなくなっていった。みんなが一つの目標に向かって団結するのは、決して悪いことではない。けれども環境や生態系、そして人間社会の法規を無視した活動に、一体どんな正当性があるのだろう。そうした疑念は拭いがたく、とうとう私は会を抜けた。

 リーアちゃんは私を引き留めようと躍起になって、数えきれないほどの手紙を送ってきた。けれども私の意志は固かった。引き留めを諦めたリーアは手紙の中で私を裏切り者扱いした挙句、さんざんに罵ってきた。その時、私とリーアちゃんの友情は壊れてしまったのだと悟った。

 私とリーアちゃんはすっかり疎遠になってしまった。けれども彼女の動向は、親の口を通して度々聞き及んでいた。私が医学部に入学した頃、リーアちゃんは進学も就職もせず、活動に没頭しているようだった。

 カーバンクルを守りたいなら、あんなやり方ではだめだった。然るべき手順を踏むことを怠り、法も学も全て踏みつけにして、一切の非難を聞き入れない。その時点で、カーバンクル保護の会は終わったも同然だった。あれはもう、ただのテロリズム団体だ。


「私たちが立ち止まっている間にも、カーバンクルたちは苦しんでるんだよ? 手段を選んでなんかいられないよ」


 かつて、リーアちゃんは鼻息を荒くしながらそう語ってくれた。それを聞いた私は、もう彼女が後戻りできないところにまで行ってしまったことを悟った。

 脱会直前の私は、リーアちゃんのことで思い悩んでいた。保護の会の異常な空気を察して見切りをつけた後も、友であるリーアちゃんだけは救いたかった。けれど「それも己の傲慢ではないか」と思って、彼女を正気に戻すための努力を何もしないまま、逃げるように保護の会を去ってしまった。

 今思えば、引きずってでも一緒に脱会すべきだった。脱会させていれば、こんなひどい死に方をせずに済んだのかも知れない。私は友を見殺しにしてしまった……


 かつての友を想いながら、私は頬を涙がつたうのを感じ取った。


***


 リーア・カミングの死から二年後、「カーバンクル保護の会」会長夫妻は一切の活動から身を引いた。知り合いの貴族院議員が団体を引き継いで新たな会長となった頃には、すっかり活動も先鋭化していた。捕獲器の破壊だけに留まらず、野良カーバンクルへの餌付け、管理局への放火予告や局長への殺害予告、カーバンクル除けのために耕作地に設置している柵の破壊など、ありとあらゆる違法行為を行っていたのである。何人もの職員が逮捕され、会の評判は地に落ちた。


 新会長は元々、己の選挙活動を有利にするべく会長を引き受けたのであった。だが保護の会の評判がどん底に落ちた以上、会長職にあることはマイナス要因でしかない。己に累が及ぶのを恐れた新会長は、会の解散を宣言するとともに、過激な幹部数名を告発した。

 しかし、もはや保護の会は新会長の想像以上に過激なものとなっていた。違法行為を繰り返しすぎて、幹部から末端の奉仕職員までが遵法精神を失っていたのだ。

 違法行為上等な会幹部たちは、新会長を許さなかった。新会長は行方不明となり、後日湖から遺体となって引き上げられた。奇しくもその湖は、かつて奉仕職員リーア・カミングが命を落とした場所であった。

 頭を失った保護の会は、比較的穏健な少数派が結成した「カーバンクルの森協会」と、多数派であった過激派が終結した「カーバンクル保護戦線」の二団体に分裂した。過激派の「カーバンクル保護戦線」は管理局職員を殺害し、局が捕獲したカーバンクルを強奪した挙句、山中に建てたアジトを拠点に「抵抗運動」と称する武装蜂起を行った。

 ところが「保護戦線」のリーダーは恐怖政治を敷き、粛清に血道をあげるようになった。リーダーは少しでも穏健な姿勢を見せた仲間を「日和見主義者」と認定し、裏切り者への制裁と称して他の仲間に撲殺させた。内輪で凄惨なリンチを繰り返した「保護戦線」は、結局ほとんど自滅に近い形で壊滅した。残ったメンバーはおとなしく警察に出頭し、「保護戦線」内部で行われたリンチについて事細かに証言した。

 他方の「カーバンクルの森協会」は金も人もないところから、地道にカーバンクルの引き取り活動を続けていった。とはいえ資金はすぐに底をつき、彼らは新たなスポンサーを求めるべく広報活動を行った。しかしカーバンクル保護活動自体の評判が、市民の間ではすでに最悪のものとなっていた。そんな状態で、スポンサーなど望むべくもない。結局資金面での問題が解決しなかったことで、「カーバンクルの森協会」はひっそりと解散した。協会が預かっているカーバンクルたちの譲渡先を探すことが、会員たちの最後の職務となった。


 管理局のカーバンクル捕獲活動は効果をあげ、絶滅危惧種十六種の個体数も「低危惧種」と判定できるようになるまで回復した。国内における野良カーバンクルの根絶が宣言されたのは、リーアの死から実に四十年後のことであった……

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