リーア・カミングの末路※供養編

 ある日、自然保護区で見回りをしていた私は、ここらでは見たことのない、まるで雪のように純白の毛を持つカーバンクルを見つけた。白毛のものは他の品種よりも高額で取引されるために野外に捨てる者はまずおらず、野良の姿を見るのは非常に珍しい。野外で見られるものはたいてい、灰色か黒の毛をしている。

 その物珍しさから、私は間近でじっくり観察したくなった。けれども白毛のカーバンクルはこちらを振り向くと、一目散に笹藪の方に逃げてしまった。カーバンクルは野良のものであっても警戒心が薄く、人を見てもあまり逃げない。人から逃げるカーバンクルの殆どは、何らかの危害を人から加えられた子たちだ。


 ――あの子は、きっと人間に酷いことされたんだ。


 私は名も知らぬ加害者の存在に憤りを覚えながら、白毛のカーバンクルを追って笹藪へと入った。私はああいう可哀そうな子を守るために戦っている。だから見捨てるわけにはいかない。

 邪魔な笹の葉をかき分けながら、私は必死にカーバンクルの後を追った。藪の中を進むのは、人間にとって容易いことじゃない。もうすっかりカーバンクルを見失ってしまったけれど、私は諦められなかった。

 そうして私はようやく、笹藪から抜け出た。私の目の前には、広大な湖が広がっていた。あと一歩進んでいたら、湖に飛び込んでいたところだった。危ない。

 

「どこ行ったんだろう……」


 私は視線を左右に振って、白毛のカーバンクルの姿を求めた。


 その時のことだった。私の左脚に、激しい痛みが走った。噛まれたのだ。まるで刃物のような歯をもつ何かに――


「ああ痛い! 痛い! やめて!」


 私を噛んだ何かは、物凄い力で私を湖に引きずり込んだ。こんな力をもつ生き物は相当大きな体をもっているに違いない。

 全身が水に沈められてしまった。口からも鼻からも水が入ってくる。そんな中、私は左脚を噛んで湖に引きずり込んできた犯人の姿を見た。


――オオハナナガマミズザメ……


 保護の会の図書室にあった図鑑に載っていたサメだ。淡水に生息する唯一のサメだという。私はサメみたいな野蛮で凶暴な動物に興味はなかったけど、「淡水に生息するサメ」っていう部分を奇妙に思って、このサメだけ頭の片隅に記憶していた。

 湖の中に、私の血がまき散らされる。サメの歯はどんどん食い込んでいき、肉が裂かれ、骨が断たれ、血管がちぎれてゆく。熱さにも似た脚の痛みと、呼吸のできない苦しさ……それらから逃れようと手足をばたつかせたけれど、サメは全然離してくれない。

 言葉の通じない野獣に殺されるなんて嫌だ! 私にはまだ、やらなきゃいけないことがたくさんある。管理局と戦い、国と戦い、憐れな小動物を守らなきゃいけないのに……

 腰に帯びた護身用のナイフを引き抜いた私は、それを固く握り、思い切りサメの鼻っ面に振り下ろした。ナイフはサメを傷つけることなく、水のみを切り裂いた。ちょうどそのタイミングでサメの顎の力に屈した左脚が食いちぎられ、サメはその左脚を咥えたまま泳ぎ去ってしまったのだ。逃げられた……これでは私がやられっぱなしだ。悔しい。せめて一太刀浴びせたかった……けれども、今は自分が助かることを考えなければならない。このままでは出血多量で死んでしまう。

 私は何とか両手を使って岸に這い出した。助けを……助けを呼ばなきゃ……そう思ったけれど、喉に水が詰まっていて声が出ない。


「げほっ……げほっ……」


 喉の奥から、勢いよく水が吐き出された。顔をあげた私は、正面の笹薮が揺れ、その中から何かの動物が飛び出してくるのを見た。


「あ……」


 目の前に現れたのは、あの純白の毛をもつカーバンクルであった。やっと、やっと見つけた。可哀そうなカーバンクル。命をかけてでも、守らなければならない存在。

 失った左脚は戻ってこない。これからより一層頑張らなきゃいけないのに、片脚で活動するのは不便極まりない。……でも、身体に障害を負いながら保護活動を続けている、というのは、いいアピールポイントになるかも知れない。不便な体をおして駆けずり回る私のことが知られれば、きっと保護の会やその活動に興味をもってくれて、賛同者も増えるかも……

 そんなことを考えていると、いつの間にか、私の周りをカーバンクルたちが取り囲んでいた。私の周りを囲んで、守ってくれているのかも知れない……そう推し量ったけれど、それは間違っていた。


「痛い! やめ……やめて! 何で!」


 カーバンクルたちは、寄ってたかって私の体に牙を立て、肉を齧り取り始めた。カーバンクルは雑食性で、自分より小さい昆虫や小動物を捕食する。それだけでなく、弱ったり死んだりした大型動物の肉を食むことも知られている……

 今、私はカーバンクルの餌にされていた。先ほどまで私を苦しめていた痛覚も、すっかり鈍ってしまった。血を流しすぎたのだろう。もう助からない。


 こんなはずじゃなかった。私はカーバンクルを守りたかったのに……あなたたちのために頑張ってきたっていうのに……何で……

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