戦い
学校を中退した私は、世間体を気にした両親によって郡立の高等学校に編入させられた。けれどもそんなことは私にとってどうでもよかった。学校の勉強なんかする気にはなれなかったからだ。机に縛りつけられ、教師の退屈な講義を聞いたり、何の役に立つか分からない演習問題を解かされている間にも、カーバンクルたちは苦しんで助けを求めている。勉強なんかしている暇は
私が十八になった頃、保護の会の大人たちがざわめき始めていた。
「管理局による捕獲作戦だってさ」
「捕まえた後は殺処分するしかないって話よ」
「ありえない……カーバンクルを捕まえて殺すなんて……」
不穏な空気を察知した私が聞いてみると、どうやらこの国がとんでもない方向に向かっていることが分かった。
管理局や王国の御用学者たちによれば、カーバンクルの移入定着が確認されてからというもの、在来の小型動物八種が絶滅し、十六種が絶滅を危ぶまれる状況になっているのだという。そして、野生化したカーバンクルがそれらを捕食していたことも、調査の結果明らかになったそうだ。けれども、それは国家の息がかかった者たちの宣伝にすぎない。信用に値するかどうかは甚だ疑問だ。
しかしどうやら、そうした御用学者たちの提言を受けて、動植物管理局の主導によるカーバンクル捕獲作戦が始まってしまうらしい。保護の会の大人たちがざわめくのも無理はないだろう。
そもそも、仮に御用学者たちの言っていることが正しかったとして、一体どうしてカーバンクルの駆除が正当化できるのだろう? 何とかコガネムシ?みたいな気持ち悪い虫とか、何とかドリ? みたいな地味な鳥が絶滅した所で、一体誰が困るのだろうか。そんなものを守るために野外のカーバンクルを残らず虐殺するような、そんな暴挙を許すことなどできはしない。
「なるべくうちでも引き取るようにしてるけど、流石に野良の子全部は引き受けられないんだよな。会長一家も今は借金で首が回らないらしいし」
幹部職員の中年男性が、渋い顔で私にそうこぼしていたのを思い出す。引き取り手のなかったカーバンクルたちは、残念ながら殺処分となってしまうらしい。
――そんなことは、許せない。
この時、正義の怒りが、私の心に火を灯した。
後日、私たち保護の会は管理局庁舎前に集まり、デモ活動を行った。警吏の見守る中、列をなした私たちは木製の看板を掲げ、お腹から声を振り絞った。
「管理局は殺処分をやめろ!」
大人たちに混じって、私も声をあげた。私の中で燃え盛る正義の炎をそのまま吐き出すように、私は声を振り絞って抗議した。
卑劣な官吏たちは、管理局の庁舎から一歩も出てこなかった。役人は国家運営の下僕ではないのか、民の声を貸さずして、何が公僕だ……国家や役人に対する私の信頼は、この時地に落ちた。
管理局は結局、私たちの訴えなどどこ吹く風とばかりに捕獲作戦を開始した。私たちの訴えに、彼らは全く耳を貸さなかったのだ。
――こうなれば、徹底的に国家と戦ってやる……
そう息巻いた矢先、私の熱意に水を差すようなことが起こった。私を保護の会に誘ったあの友人が、保護の会の集まりに顔を出さなくなったのだ。
私はその理由を尋ねる旨の手紙を彼女に送った。すると数日後、はたして彼女から返事があった。
「もう私、ついていけなくなっちゃった。だから辞めたの」
手紙には、そう書いてあった。私は彼女を引き留めようと、その後何通も手紙を送ったのだが、そちらへの返事はついぞ得られなかった。こんな大事な時にどうして諦めてしまうのか、私には分からなかった。
――きっと彼女は、怖気づいたのだ。そうに違いない。
保護の会の中には、国家や役人に肯定的な発言をする者は誰もない。皆一致団結して闘争の意志を固めている。もちろん、私もその一人だ。誰かが口を開けば、ほぼ必ず国や管理局への批判の言葉が発せられる。
例の彼女の父親は郡の役人であった。きっと父の立場が危うくなるのを恐れて活動から身を引いたのだろう。結局、彼女は身内可愛さのためにカーバンクルたちのことを見殺しにするような、そんな下劣な女だったのだ。あんな俗物と今まで口を利いていたこと自体、今の私にとって恥ずかしく思える。私たちは、活動から逃げた彼女の悪口で盛り上がった。
彼らが捕獲器を用いてカーバンクルを捕まえるなら、先回りして破壊してしまえばいい。それを続けていけば、きっと予算の関係で継続は難しくなり、やがて諦めてくれるだろう……
私たちは、管理局に悔い改めさせるために立ち上がったのであった。
***
私の担当しているエリアは、粗方見回りを終えた。今日はこんな所でいいだろう。私は汗を袖で拭うと、斧を担いで帰路についた。
気づけばもう日も傾いていて、赤い光が西の空から差してくる。そんな中、左側の草むらでがさがさ音がした。
気になった私は、そっと音のする方を覗いてみた。すると、野良のカーバンクルが、ここらではごく珍しい小動物であるヒメダルマネズミを両前脚で取り押さえている所だった。私は息を飲んで、カーバンクルの食事風景を見守った。長い耳を垂れたカーバンクルは尖った牙をむき出しにして、ヒメダルマネズミの頭にかぶりつき食いちぎった。赤い血を口の端から滴らせ、自らの灰色の毛皮を濡らしながら、カーバンクルはクチャクチャと肉を咀嚼していた。
ここ十八日間で、私は二十の捕獲器を発見し破壊することができた。動物を虐殺する獰悪な官吏などに屈してはならない。そうした意志が、私の脚を突き動かしていた。
私たちの粘り強い戦いが功を奏したのか、やがて捕獲器は設置されなくなった。管理局からのアナウンスは特になかったが、きっと捕獲作戦は打ち切りになったのだろう。
けれども、まだ気は抜けない。ほとぼりが冷めたころに、きっと同様の作戦が再開されるからだ。次は捕獲作戦が行われる前に、先手を取って牽制する必要がある。
そんな中、ユーエ共和国にハン王国、チー王国の二か国の大使が尋ねてくることになった。私たちは、これを絶好の機会と捉えた。
――我が国の暴挙を他国に発信し、国際問題化して圧力をかけさせるのだ。
ユーエ共和国では御用学者に惑わされた官吏によって、カーバンクルの駆除という暴挙が行われている。そうしたことを外国の人々に知ってもらうのだ。我が国はもう腐りきってしまったが、諸外国は違うはずだ。どんな理由があれ、彼らの命を奪う権利など誰も有していない、そうした当たり前の考えを、きっと共有してくれることと思う。
そんな中、保護の会の施設へ向かっていた私は、レンガ造りの商店の壁にこんな貼り紙が貼ってあるのを見つけた。
「捕獲器の破壊、窃盗、移動は犯罪です。見つけたら警察までご一報を」
それは、私たちに対する宣戦布告とも思えるものであった。これでは私たちがお尋ね者になったようではないか。悪いことをしているのは管理局の方なのに、どうして私たちが……はらわたが煮えくり返る思いで、私は足早にその場を後にして施設に向かった。
張り紙を見かけて以降、警吏の巡回を以前よりも見かけるようになった。きっと巡回を強化して私たちに睨みをきかせ、身動きを封じた上で再度管理局の捕獲作戦を実行しようというのだろう。
けれどもそんなことで私は、私たちは折れない。尊い命を守るために、これからも戦いを続けるだろう。正義はこちらにあるのだから……
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