カーバンクル保護の会奉仕職員リーア・カミング
武州人也
正義
茂みの中にぽつりと置かれた金属製の檻、その口は開いており、中には人工的に作られた茶色い練り餌が置かれている。
それを目の前にした私は、斧をぎりぎりと固く握りしめた。
――まだあったのか……
これは間違いなく、
私は両手で握った大きく斧を振り上げ、捕獲器めがけて正義の一撃を食らわせた。がしゃんという大きな音を立てて、捕獲器の格子は断ち切れた。
――ざまあみろ
私は壊れた捕獲器に、ぺっと唾を吐き捨てた。
***
長い耳にもふもふの毛皮、つぶらな瞳、額にきらめく赤い石――
カーバンクルがこのユーエ共和国で見られるようになったのは、今から七十年も昔、動植物を扱う隊商が西域から運んできたのが始まりだという。当初は額にきらめく赤い石を宝石として売買するためであったそうで、捕まった彼らは哀れにも縊り殺され、額の宝石を抜き取られてしまったらしい。けれども、カーバンクルの体から離れた宝石は一日ほどで光を失ってしまうことがすぐに分かり、宝石目的で殺害されることはなくなった。
代わりにその愛くるしい見た目と知能の高さ、人懐っこさで、カーバンクルは一躍国民的なペットとなり、幅広く飼育されるようになった。そうして次第に、野外でもカーバンクルの姿が見られるようになった。きっと捨てられて野生化したものが野外で繁殖し、定着したのだろう。私が生まれる頃には、そうした野良のカーバンクルも珍しい存在ではなかった。
私の家――カミング家にも、私の小さい頃からアンというメスのカーバンクルがいた。私はあちこちにアンを連れ回し、学校の友達にも見せて回っていた。友達は皆かわいいかわいいと、アンのことを褒めそやしてくれた。それを聞くと、きまって私の胸はほっこりじんわり熱くなった。よかったねアン、皆アンのことが好きなんだよ……なんて語りかけてた。
あれは……寒風の吹きすさぶ冬のことだった。私が十五の頃、とうとうアンとお別れすることとなった。カーバンクルの寿命は大体十二、三年ほどと言われているから、彼女はきっと天寿を全うしたのだろう。臨終間際のアンは耳がすっかり遠くなってしまったのか、私の呼びかけにもあまり反応してくれなくなっていた。餌も食べなくなり、やせ細って衰えていくアンの姿を見た私は、いてもたってもいられなくなって、学校をさぼって看病を続けた。母親に「私が看ておくから、あんたは学校行ってらっしゃい」と言われても、私はアンの前を動かなかった。
でも、結局その時の訪れは避けられなかった。額の宝石からすっと光が消えた時、私はとうとう、アンが旅立っていってしまったことを悟った。私はアンの体に縋りつき、一生分の涙を流した。
父と祖父が共同で、アンのための棺桶を作ってくれた。そこに納められたアンは、自宅の庭に埋められ、その上に墓標が立てられた。
そんなことがあって暫く後のこと、私は友人の一人にこう誘われた。
「リーアちゃん、この集会に参加してみない?」
友人が持ってきたチラシには、「カーバンクル保護の会」という名前が書かれていた。読んでみると、どうやら捨てられたり手放されたりしたカーバンクルを保護して養育している団体だそうだ。発起人は貴族院議員の経験もある地域の名士で、現在は発起人の体調不良からその妻が会長となり活動を引き継いでいるらしい。
この団体は活動を広げるために奉仕職員、つまり無償で活動に参加する人を募集しているそうだ。活動に興味を持った私は早速、奉仕職員として活動を始めた。
保護の会の施設には、人間に虐待を受けた子、餌を与えられず餓死寸前になった子、野外に放り出されて病気にかかった子などがおり、彼らのみずぼらしい姿は大いに私を悲しませた。有償で雇われている専門の医者がついているが、それだけでは手が足りないため、私のような奉仕職員に日常的な世話をしてもらっているのだという。
私はすぐに活動に没頭し始めた。施設に引き取られた子の悲惨な有り様はまるで人間の横暴さをそのまま体現しているようで、私の中に身勝手な人間たちに対する怒りが沸々と湧いてくる。
「人間もカーバンクルも同じ命。それなのに、命を大事にしない人がこの国には多すぎる」
たまに現場を視察に来る会長は、口癖のように度々そのようなことを言っていた。全くその通りだと思う。誰がこの国をここまで荒んだものにしてしまったのだろう。
私は活動に熱中するあまり、学校での成績はみるみる下がっていった。
「奉仕活動はいいことだけど、学校の勉強もしっかりしなきゃ駄目でしょう」
親からも、学校の先生からも、そのようなことを繰り返し聞かされた。けれども私は、周りの大人の言うことに耳を貸さなかった。勉強よりもカーバンクルたちの方がずっと大事だからだ。
「しっかり勉強して、自然や生物や社会のことをもっと知って、考える力をつけてから、改めて活動に参加しても遅くはない」
私の奉仕活動を好意的に見てくれていた祖父さえも、厳しい顔をしてそう言った。その言葉は私を大きく失望させたし、祖父に対して寄せてきた信頼も、この時壊れてしまった。以降、私は祖父が胸の患いで急死するまで、ろくに口を利かなかくなった。
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