第8話 会議

「放せよ! 放せってば! このバケツ頭!」


 トーリスはじたばたと動いて、ウェルテクスから離れようとするも、いくら叩いてもびくともしない。まるで中に石像でも入っているかのようだ。


「放せって言ってんだよバケツ……痛ぁ!」


「相変わらず声はでかいな」


 ウェルテクスは門のような場所に着いた途端、トーリスを放して、ドアの前に立った。


「私だ、トーリスを連れてきた。開けてくれ」


『御意』


 その声が聞こえた途端、扉は開き、内部へ続く階段が現れる。


「行くぞ」


「っててて……あー、面倒な会議はごめんだぜ」


 2人はとことこと階段を降り、魔道走行器の前に立つ。

すると、それに呼応するかのようにワームホールができて、彼らはそれに入る。

 そして、着いた先は会議室だった。明治時代によく見られる内装、といえば想像しやすいだろうか。


「おかえりなさいませ、ウェルテクス様、並びにトーリス様。我ら一同、お待ちしておりました」


 執事の服に身を包んだ、中性的な人間が話しかけてきた。目の前の机には、他4人の幹部が座っていた。


「ありがとうヌル。だいぶ待たせてしまったか」


「いえ、ここに集合してから、7分と38秒です。結論、待たせてはいません」


「……そうか」


「ウェルテクスよ、よくトーリスを連れ戻してきてくれた。トーリス、勝手に外出するなと何度も言っているだろう」


 ウェルテクスと同じく、鎧に身を包んだ男がそう話しかけてきた。顔は鎧というより仮面で覆っており、その上からシルクハットを被っていた。

鎧はウェルテクスのものより重厚で、チェスの駒のように黒く染まっていた。


「へっ、誰がお前みたいな変態自動人形にお世話なんてされるかよ、オープニング」


「そういう悪口を叩く標的になるのも、親としての役割だろう。言いたいことがあるなら、なんでも私に言えばいい」


「……だから変態だって言ってんのに……」


 トーリスはふてくされて、椅子にどっさりと体重をあずけた。紅茶を飲み干し、その場で体を伸ばす。


「オープニング様! なぜこのような、組織の規律さえ守れぬものが、我らと同じ位にいるのです!? 二度目とあれば、今すぐ幹部の座をはく奪するべきです!」


 トーリスの向かい側の席に座っている、金髪の若い女性がそう叫んだ。彼女はヘイゼル。組織幹部の第6位に位置する人物だ。


「ふむ……ヘイゼルよ、お主はまだ若い。彼の潜在能力を見誤っている。それに、彼は少々病を抱えている。多少ああやって発散させねば」


 ヘイゼルの隣に座っている老人がそう言った。彼はウォン・ウーミン。組織幹部第5位だ。


「しかし……!」


「もうよいヘイゼル。お前の言いたいことはよくわかる。あとで、2人で話し合おうじゃないか」


「っ……申し訳ございません」


「なに、気にやむことはない。ただ受け入れて、次に生かせばいい」


 オープニングはそう伝えた。ヘイゼルもそう言われては何も言いようがないのか、すぐに座り込んだ。


「……全員、そろいましたね」


 一番奥の席に座っている、のっぺらぼうの仮面を付けた女性がかすれた声でつぶやいた。


「レジーナ嬢、急遽このような集まりを催したのは、他でもなくあの反逆者、刃無鋒についてですな?」


 ウーミンがそう尋ねた。どうやらのっぺらぼうの仮面をつけた女性は、レジーナと呼ばれているようだ。


「ええ。傭兵集団に根も葉もない罪を被せられた挙句逃げられ、彼のような用心棒を抱えられてしまっては、このような会議を開かねばならぬのも致し方ないでしょう」


「それほどまでの強さとは驚いたな。トーリス、貴様は奴と戦ったのだろう? どうだった強さは」


「んー……強かったが……あいつ、刃のない刀を使ってやがったんだ!」


「……まさか」


 レジーナは仮面を擦り、何かを察した。


「知っておられるのですか?」


 ヘイゼルがそれに反応する。彼女はそういうことに対しては人一倍敏感なのだ。


「……遠い昔、刃を持たずして万物を切り裂く、浪人と出会ったことがあります…………運命とは、なんと気まぐれで、無慈悲なことでありましょうか」


「……ふむ、世間は、狭いですな」


 ウォンは静かにそう言った。何かを察したようだ。


「そうそう! あとこんなこと言ってたぜ! 組織じゃ分かり辛いから、名前つけろって!」


「…………」


「え……」


「ふむ……そういわれて文句は言えまいよ」


「遅かれ早かれ、そういわれることは見えていた。オープニング、名前の案はないのか」


 ウェルテクスはオープニングを見てそう尋ねた。オープニングはシルクハットを深くかぶり、唸り声をあげる。


「そうはいってもな……まぁ、創設10周年記念として、名前を付けることもありだろう」


 そんな話を呑気にしていると、レジーナは立ち上がって、椅子をしまった。


「どうされましたか?」


「こうなっては、私自ら出向くことにします。名前は移動途中で考えましょう。あなたたちもついていきたいなら好きにしてください」


 レジーナはそっけなくそう言って、早々にその場から立ち去ろうとした。



「わ、私も、お供させていただきます!」


「好きにしなさい」


 レジーナはそう言って、扉を開けて出ていった。


「碇矢正和……彼ならば、わかってくれるかしら……」


 ふと、レジーナは仮面を外す。


「彼ならば……いえ、もう忘れているかしら……ふふっ、ふふふふふ、ふふふふふふふふふふふ………………」


 レジーナは、その焼けただれた顔を歪ませて、静かに笑い続けた。それを、後ろでヘイゼルがただ呆然と見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る