第3話 合間

約1キロほど歩いて、2人は街に着いた。


「こっちのほうに宿がある。しばらく泊めてもらうことにしよう」


 明日香は近場の木造の館を指さして言った。


「大丈夫なのか?」


「問題ない。奴らは別に国レベルの権力を持っているわけではない。あるのは力だけ。それに、目撃者は君が全員倒したじゃないか」


「ああ……そういや確かに生かしてないわ」


 正和は追手が来ないか不安視していたようだが、それは自らの手で杞憂となっていた。

 二人は宿の宿泊のための手続きをして、少し大きめの部屋をとった。

 三人ということもあり、割引が効いたようだ。


「結構広めなんだな。三人入るにはうってつけか」


 正和はそう言って、少女を布団に寝かせた。

 とても安らかな顔で寝ている。そのピクリとも動かない姿は、まるで人形のようだった。


「綺麗な嬢ちゃんだな……なんであんな奴らに追っかけまわされてたんだか……」


「ふむ……彼女は傭兵グループに所属していてね、そのグループは恐らく組織と対立した。返り討ちにあって逃げおおせたのだろう」


「傭兵……こんな若そうなのに」


 正和は目をそらした。今頃同級生や友達と流行りのものや日々の愚痴を話し合っている年頃の少女が、泥臭くて薄汚い仕事をしていることは、彼にとっては目をそむけたくなるような事実であった。


 彼とて、元は傭兵だった。だからこそ、俄然目をそむけたくなる。


「あんまりだな……こりゃ」


「それが現代というものさ」


「はあ……いやだねえ、こんな現代」


呆れた正和は外へ行く支度をし、街へ出ていこうとした。


「どこへ行く?」


「なぁに、また雨が降ったらいやだから、マントを買ってくる。ついでに深編笠(ふかあみがさ)もな」


 正和はそう言って、少しの間市場を散策していた。

 幸い賃金はあったので、三つマントを買うことができた。


「あんちゃん、この辺じゃ見ないね。旅の人?」


「ああ、まぁそんなとこさ。ところで、深編笠は取り扱ってない?」


「ああ……すまんね。くたびれたやつしかないんだ」


「見せちゃくれないか?」


「んえぇ? 別に構わんけど……これだ」


 店主は、ボロボロになって色あせた、裂け目の入った深編笠を見せてくれた。

 もともとは綺麗な小麦色だったのだろうが、長年使用し続けられたのか、黒ずんでしまっている。

 おまけに、視界を確保するための溝の真ん中よりすこし右側から、方向そのままに斜めの亀裂が入っていた。

 それでも、形は崩れておらず、非常に頑丈だった。


「ここに来る途中拾ってね、雨しのぎの足しになるかと思ったんだが、どうも血の匂いがすごくて。欲しいならあんたにやるよ」


「いいのか? こいつは助かる」


「まぁ勝手に助かるのは良いんだけどよ……なんだって旅人さん、そんな古臭いものを欲しがる?」


「そりゃあまあ、かっこいいからさ」


 男の子の魂がうずいたのだろう。正和はマントの代金をだして、その場から立ち去った。


「うーん……いい感じじゃんね」


 正和は早速笠を装備して、喜んでいた。

 頭にばっちりフィットし、見た目によらず不快感を感じさせない、秀逸な笠だった。

 ふと冷たい風が吹いてきて、若干生乾きだった衣服越しに寒さを送ってきた。


「うーん……餅でも買ってくるか」


 正和はそう言って、近くの飲食店を見ていくことにした。


 一方、明日香は窓を開けて煙管を吸っていた。


「ふぅー……やはり気煙製は美味い。身体に害もないし……」


 気煙はニコチンやタールに代わって生産されているもので、喫煙したいが健康を害したくない人々のためにつくられた。

 現在でもニコチンタール製のたばこ等は販売されているが、味も劣らぬ気煙製のものがメジャーである。


「ん……ここ、は……っ」


「ああ、無理に動かないほうがいいよ。いくら治されているとはいえ病み上がりに変わりはないからね」


「あなたは……!」


 少女は目を覚まし、明日香を見て驚愕した。


「たっだいまーってあれぇ?」


 正和が帰ってきたころ、部屋の中では少女と明日香が呑気にお茶を飲んでいた。


「起きたのか」


「ええ。どうせのことだしお茶をいただいてる」


「えっと……この方は?」


「君を助けてくれた正和という旅のお方だよ。というか君、随分変わったね」


 正和はかなり衣装が変わっていた。

 白鞘の刀を持っているのは変わらないが、くたびれた深編笠を被り、ボロボロのマントで身を覆っていた。

 中に先ほどまで来ていたもの


「いやー随分安めに売ってくれてさ。防水加工も道端で施してきたんで安心よ。この二つはフード付きのやつね」


「あっはは、ありがと……」


「そうだ、餅あるけど、食う?」


 三人は餅を食べた。熱々で、中に粒あんが入っている。


「そういや、あんたの名前はなんていうんだ? 傭兵らしいけど……」


「私は……レナトゥスって言います」


「ほーん。レナトゥスねえ。西の人?」


「はい、私はフランチェスカ共和国の生まれです」


「すまん、そっちの国の名前には疎いんだ……」


 正和は餅を飲み込んで顔をしかめながら申し訳なさそうに言った。

 彼は地理に興味がない。そんな彼にいきなり遠く離れた西の国の名前を出されても、パッとしないだろう。


「まぁ西の人ってことは分かった。んで、アンタはなんで連中に追われてるんだ? 報酬金でもくすねたのか?」


「そんな無礼なことはしてないです! 神にだって誓って見せます!」


「神様ねえ……じゃあ何をやったらあんなに追いかけられるんだ。お偉いさんとかでもねえと、よっぽどのことだぞ」


「はい……その”よっぽどのこと”なんです」


 レナトゥスは状況を話し始めた。

 彼女曰く、自分含めおよそ七名ほどのチームを組んでいたそうだが、その際雇い主の裏面を知ってしまい、やむなく逃亡する羽目になったらしい。


 のちに彼女らは逃走するたびにそこでペアを組んで潜伏し、残ったメンバーたちでまた別の場所に行って……というのを繰り返し、最後はレナトゥスだけが残って逃亡を繰り返していたとのこと。


「最初に置いて行ったラインハルトたちは、歩けないほどの怪我をしていたんです……もう四週間近く経過しているはずなので、もう治ってるとは思うんですが……」


「つまりここから近ければ近いほど軽傷の仲間がいるってか……じゃあアンタらは、その裏ってものをどうにかこうにかするために、元雇い主と戦おうってか?」


「はい。そうしなければ、あれは人類を滅ぼしかねません」


「滅ぼしかねない……? そいつは聞き捨てならねえな」


 正和はその言葉に食いついた。飄々としていた顔が、鋭い眼光を放つ恐ろしい顔へと変貌している。


「は、はい……あれは、どんな人間が扱っても、一騎当千の力を発揮するといわれている剣です。彼らはそれを手に入れようとして、私たちを利用していたんです……!」



「なるほどな……俺もその旅路に入れてはくれんか?」


「ほう? まさか、君もその剣に興味があるのかい?」


 今までただ話を聞いてるだけだった明日香が、口をはさんだ。


「興味はある。だが悪用はしない。神には誓わないがアンタには誓う」


「あ……分かりました。ですが、もし悪用するようなことがあれば……容赦なく切り伏せます」


「それでいい」


 正和はうなずいて、明日香のほうを見た。


「成程、私にもついていけ、そう言いたいんだね」


「まぁ、この人を多少なりとも存じ上げてるんだろ? 無知な俺一人がついてくるよりかはマシだ」


「おねがいします、明日香さん。あなたのお力添えをいただきたい」


「ふむ……まぁ、彼より君と付き合ったことがあるのも事実だ。お力添えさせていただくよ」


「ありがとうございます!」


「そうと決まれば、早速支度だな。買いそろえてくるか?」


「今メモしますので、それを各自買ってきましょう」


「了解した」


 そうして、潤滑に話は進んでいった。

 夜中に様々な物品を買いそろえ、早々に就寝した。


 翌日、早朝から彼らは出発の準備を整えていた。


「マントよし、武器よし、食料、簡易寝床すべてよし……よし。こっちは準備できた」


「私はもとよりできている。レナトゥスさんや、準備はよろしいかな?」


 レナトゥスは胸に手を当て、ゆっくりと深呼吸する。

 そして、覚悟を決めたように、目を開く。


「はい、行きましょう」


 こうして、三人の旅が始まったのである。

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