第4話 予想外

 正和らは昨日通って行った方向とは逆の方向へと渡っていった。

早朝だからか、まだ薄暗い。


「死体がないな……あっちとは違う道だったっけか?」


「いや、一本通行なはずですが……」


「……これは顔バレしていると考えたほうが良さそうだ」


 明日香は2人の会話を聴きながら、そうつぶやいた。

正和とレナトゥスは顔を見合わせ、気味の悪いものを見たような顔をした。


「おいおい待てよ、あの場にいた連中は全員殺したはずだぜ? じゃあ誰がお運びになったってえのさ」


「これより安息の地はない、彼は死ぬ間際にそう言った。おそらくあの落雷が関係しているのだろうが、死を感づいたほかの連中が、何らかの方法で処分したに違いない。彼らは一種の精神共有を行っていると聞く。ならば、あちらがシンとやらとその部下が死んだことに気づいたとて何らおかしくはあるまい」


「ってことは、ホントにイラつかせちまったってわけか……」


「おおとも。お前らの予想通り、上の方々はとっくに気付いてらっしゃるぜ」


 どこからともなく、男の声が聞こえた。 


「誰だ!」


 レナトゥスは噛みつくように叫ぶ。

その瞬間、彼女の頬を鉄製の弾丸が掠め、綺麗な頬に傷を残した。


「え……」


「おっと、余計な動きはよした方がいいぜ……次は頭を狙う」


「狙撃手か……視界不良のこの場所じゃ、飛び道具のねえ俺たちは勝てっこないな」


 正和は白々しくそう言い、明日香は何かを察してそれに便乗した。


「ああまったくだー。こんな場所じゃ勝てっこないなー、このヒキョーモノー」


 明日香の芝居はまさに大根役者と言われてもおかしくないくらい酷い出来だった。

その隙に、正和は刀を鞘ごと腰から引き抜き、抜刀しようと手を持ち手にかけた。


「馬鹿が!」


 狙撃手のその声が聞こえると、再び弾丸がとんできて、彼の頭を笠もろとも吹き飛ばそうとしてきた。

しかし、正和は刃を少しだけ引き抜いて、弾丸を真っ二つに切り裂いた。


「そぉーこぉーかぁー!」


「なんたる失態……あの旅人、できる!」


 正和の脚はすぐさま弾丸の方向へとすすんだ。

生い茂る木々を足場に利用して、慣性をつけて加速しながら移動しているのだ。

 遂に彼が狙撃手を捉えたとき、すでに狙撃手は銃を背負って全力疾走している最中だった。


「なんと!?」


「なんとぉぉぉぉぉ!!」


 同音異義な言葉を発した2人はそのまま白兵戦に発展した。

白兵戦を目的とした刀と、射撃戦を目的とした銃を用いた2人の戦いは、正和の方が有利だった。狙撃手は左足のホルスターからナイフを取り出し、反撃に打って出ようとしたものの、リーチの差には敵わず、あえなく喉元に切っ先を突きつけられた。


「さて、狙撃手君。ここで色々話してもらおうか」


「ちっ……負けたか……嫌だね。煮るなり焼くなり好きにしな」


「じゃっ、お前もついてきてもらおうかっ!」


 そう言って、正和は思いっきり狙撃手の腹をげんこつで殴った。

狙撃手は吐血こそしなかったものの、潰されたカエルのような声をあげて、すぐさま気絶した。


「俺一人だと決めかねるんでね……」


 正和は事前にレナトゥス達に是非を問おうと思っていた。勝手に殺して怒られても困るからだ。

過去にそういうことを事前に言わずに怒る理不尽な雇い主が数名いたので、余計慎重になっている。


 と、いうわけで正和は彼女らのもとに狙撃手を連れてきたわけだが、2人は困惑していた。


「なんで持ってきたんですか……?」


「いや、情報吐いてくれるかなーとか、勝手に殺して怒られないか心配だったり、とか」


 正和は頭をポリポリとかきながらそう釈明した。

三人はひとまず目的地付近まで移動し、近場の穴蔵に入って様子を見ることにした。


 移動に40分、入って20分ほどして、狙撃手はようやく目を覚ました。

水色の髪の毛に、女性のように長い髪の毛と、猫のような獣耳と尻尾を持っていた。


「さて、ようやくお目覚めの狙撃手君、アンタ名前はなんていうんだ?」


「これから殺すやつの名前聞くのかよ」


「いいから言え」


 正和は切れ味のない切っ先を喉元に押し付けた。狙撃手は喉仏の付近を押されて、気持ち悪くなってしまったのか、その場で嘔吐してしまった。


「わかった、わかったから押さないでくれ……俺はアキだ。アキ・カートラ」


「ふむ。じゃあアキ、お前は組織について知ってることはないか?」


「……俺は雇われでね。ちょいと生活費が苦しくなってきたんで、ラッキーと思って受けたんだが、まさか各地を転々とさせられてそれの帰りにあんたらみたいなのを追いかけ回すことになるとは……」


 アキは細長い尻尾で頭を指しながら、疲れた顔で呟いた。疲労がたまっているのか、少し眠たげだった。


「なるほどなー……てことはお前は拠点の場所とかわかるのか?」


「ああ。一応だが、周辺地域の殆どは知ってるぜ」


「ほほう。だそうだが、どうする女性陣の皆様方」


「どうするってったって……どうする、レナトゥス」


「わ、私が決めるんですか?」


「だってこの旅の目的の中心は君じゃないか。大体の決定権は君にあると言っていい。どうする? ここで殺すか、上手く利用するか」


「へへ、俺は釜で煮込まれて殺されたって文句は言わね……」


「黙ってろ」


 正和は優しめに、みぞおちを刀の鞘で叩いた。

それから、アキはだんまりになった。

 それからというもの、レナトゥスは結構悩んでいた。いっそのこと殺してしまおうか、それとも地図として生かしておこうか。

 悩みに悩んだ末、レナトゥスは彼をつれていくことにした。


「おいおい、慈悲のつもりかよ。俺が裏切るかもしれないってこと、考えてないのか?」


「思ってますよ。でも、同業者ならば、殺す必要もありません」


「…………」


 レナトゥスははっきりとそう伝えた。組織に関係していても、所属でないなら殺さない、という意志がはっきりと感じられた。


「それに、あなたは組織の拠点の場所などを知っている。あなたのその情報は、今は喉から手が出る程欲しい情報です」


「……まあ、いいだろう。後悔すんなよ」


 アキはそう言うと、その場でニヤリと笑みをこぼし、正和の方を向いた。


「ナイフを返して欲しいのと、このなわほどいてくんねえかな? 大丈夫、いくらなんでもこの距離じゃ発砲とかする前にやられる」


 正和は黙って縄をほどき、ナイフをホルスターにさしこんだ。それを確認したアキは、立ち上がって銃を背負う。


「さて、じゃあこれからしばらくお世話になるぜ」


「はい。たっぷり働いてもらいます」


 レナトゥスは屈託のない満面の笑みでそう返した。


「あいつは権力与えちゃいけないと思うんだが、どう思う」


「安心しなされ、もともと敵だった連中には大抵あの反応するから」


「何か言いましたか?」


「「いえ! なにも!」」


 2人は陰口を叩いたが、バレバレだったようだ。


「……お二人って、すごく気が合ってる気がするんですが……昔の知り合いとかですか?」


「え? いや、俺はこんな別嬪さん生まれてこの方見たことないが……似たような顔も見てないし」


「おやおや、顔を褒めてくれるとはうれしいねえ」


 2人は互いにはぐらかすような雰囲気だったが、


(会ったことないけどどっかで会ってる気がする……)


 そう思っていた。

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