第31話
そこに背筋良く佇んでいたのは機洞連だった。
周囲の信者達が仰ぐように連の通り道を開ける。
動揺する俺に、機洞は髪をかき上げながらいつもの調子の抑揚で一声を放った。
「ラスト・ダンジョンにいきなり一人で突っ込んでくるような真似をするなんて、君って味な人間だね」
そういって心底呆れたような、本当にしょうがないなぁというような顔をしている。
「ジャーナリストじゃ……無かったのか……」
「ククッ」
男は肩を揺らして低く笑う。
「この地下空間は清町で一番の地脈が集中する空間だ。君が言っていた俗っぽい言葉を用いれば、最高のパワースポットにあたる。そして、信者達が祈り、願えば願うほど、エネルギーは増幅され巨大な波動のダムと化す。ふふ、私の願望のためにね……」
「願望とは?」
「有り体に申せば国家転覆ですよ。その前に清町市を我が物とする。フッ、私は人間の世を平安の世と同じくしたいのです。各地の封印を解き放って怨霊の脅威跋扈する世の中にね。法力や神力の弱い人間も簡単に魍魎を目にする、平安京の恐怖を現代に再現したいのです」
驚愕した。もしそうなったら、老若男女幼な子問わず怨霊に食い殺されるような世界になるということじゃないか?
地下洞らしくピチョン、ピチョン、とそこかしこで地下水が岩を伝わる水の音がする。
自然が奏でる水琴のように。
「な、なぜ……」
「そうなれば神力の高い人間だけが選別され生き残る。心を喰われる低層の人間は蟲毒の壺のように共食いをしていく……。そのためには、あなたの力が必要なのです。私に協力してください」
彼は掌を見せ、こちらに来いと招いた。
機洞は落ち着いて喋ってはいるが、この男の放つ気の力はどうにも底がありはしない憎悪が流れている。
七色に輝くような……憎悪が。
「俺のながやのおおきみ……」
「最初から知ってますよ。飯塚がこのまま教団の勢力を高めいずれ地方選挙に躍り出る。議会の表の力と私の霊的な力を持ってして清町を治める。この日本で最も呪われた土地清町の悪霊を全て残らず呼び覚ますためにね!」
「ふざっけんな!」
そんな狂った計画には参加できない。破滅しか呼ばないどす黒い陰謀じゃないか。
俺は機洞に掴みかかった。
襟元に掴みかかろうとしたら易々両手首を掴まれねじられ岩肌に逆に押さえつけられた。
こいつ強い!
俺の手首を重ねるように交差させたまま片腕で岩に押し付け、もう片腕で俺の喉元を押さえつける。機洞は真上から俺の目を自分の力のこもった目つきで真っ直ぐに貫いてくる。
「定児クン……君は協力するんだ、俺に…………」
頭の中で彼の一言が不自然に反響してる。こだまのように。
耳からじわじわと始まり体全体がふわっと浮いたように、麻酔薬のような麻痺が一気に広がった。
この目を見たらヤバいと気付いた頃には俺の体からは完全に力が抜けて虚脱していた。
機洞は信者に黒いシーツのような布地を持ってこさせ、俺を包み布ごと自分の両腕の中に引き寄せる。
「これで長屋王の荒御霊は俺のものだ…………」
とても満足げに声を立てずに笑っている。
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